[JG08] 認知行動療法に基づく高等学校における心理的支援の有効性と課題
Keywords:認知行動療法、高等学校、特別支援教育
企画趣旨
2018年度から,高等学校における通級指導が開始された。高等学校における通級指導の内容は,障害のある生徒が自立と社会参加を目指し,障害による学習または生活上の困難を主体的に改善,克服するための指導であり,小中学校等における通級指導の内容と同様,特別支援学校自立活動に相当するものとされている(文部科学省,2016)。
また,2022年度から新しく導入される高等学校学習指導要領では,「探究」という名称がつく科目が新設されることとなっている。探求学習とは「問題解決的な活動が発展的に繰り返されていく一連の学習活動のこと」と定義されている(文部科学省,2009)。これによって、「日本史探求」,「古典探求」などの科目が新設されることに加え,必修である「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」と名称変更されることになっている。
このような高校学校におけるさまざまな取り組みに対して,心理学,とりわけ教育心理学の担うべき役割は大きい。たとえば,「探求」においては,「課題の設定」,「情報の収集」,「整理・分析」,「まとめ・表現」として構成される一連の手続きは,エビデンス・ベイスド・プラクティスが強調されている心理的支援の提供において重要視されている要素と大きく共通する部分がある。このような「探求」の視点から心理的な支援を見直すと,これまではアウトカム変数の評価に重きが置かれがちであった事象に対して,プロセス変数の変化に注目するという視点を養い,対象となった生徒自身で問題解決を行うことが重要であることにシフトしたと考えられる。
心理学的支援の枠組みにおいては,このような高等学校における課題や制度上の変化に対して,実証性および再現性の担保された支援を提供していくことが重要であると考えられる。そのような中で,理論に裏打ちされた具体的な手続きを体系的に提供してきた支援の1つに,認知行動療法がある。
そこで本シンポジウムでは,新しい時代を迎えている高等学校における認知行動療法に基づく実践を再度整理し,今後の発展に向けた有効性と課題を検討することを目的とする。そして,学校カウンセリングの立場から菅野純先生に指定討論を頂く。本シンポジウムを通して,義務教育とは異なる,高等学校という環境を考慮した心理的支援を提供するためのポイントについて,共有を図ることを試みる。
高等学校における通級指導を中心とした実践と展開
小関俊祐
平成30年度(2018年度)から,高等学校でも通級指導が開始された。実際には,通級指導で何を教えるか,ということが十分に確立していないのが現状である。小中学校までの義務教育と異なり,単位認定のための制度の配備を含めた高等学校における通級指導のための時間の確保が必要になる。また,高等学校においては,学力不振や対人関係上の困難などの問題が,退学や留年といった措置にもつながるため,問題が発生するよりも前に,具体的な対処方略や行動レパートリーを獲得するための機会としても,通級指導における指導の充実は重要である。
そのような視点に立つと,高等学校の通級指導において認知行動療法に基づくプログラムを展開することの利点の1つとして,教育内容におけるプロセス変数とアウトカム変数を明確に設定し,一連の通級指導プログラムの中で,積み上げ式の指導も,あるいは個々のプログラムを適宜活用する選択式の指導も,柔軟に選択し,活用することができることが挙げられる。これによって,さまざまな状態像の生徒に合わせた教育内容を提供することが可能となるとともに,通級指導担当以外の教員にも授業内容やその意図について説明することを容易にできることが期待される。
本話題提供では,実際のプログラムの概要とその効果や実践上の留意点について紹介しつつ,義務教育ではない,高等学校における通級指導および特別支援の在り方と,有効性を担保するための留意点について紹介する。
高等学校新入生の学級づくりに焦点を当てた心理的支援
大谷哲弘
高等学校の新入生においては,これまでの小学校から中学校までの進学とは異なり,「幼なじみ」のような既存の人間関係の大半が解消される場合が多い。そのため,これまで培ってきた社会的スキルを駆使し,人間関係を再構築するような手続きが,高等学校の新入生には求められる。しかしながら,特別支援教育の対象となるような生徒の中には,対人関係を新たに構築するために必要な社会的スキルを習得していない生徒や,過度に不安が喚起されて,十分に持っているスキルを発揮できずに孤立するような生徒も実際には存在する。教員の立場からも,対人関係が円滑に構築されるよう,社会的スキル訓練の機会を提供するなどの対応は行うが,教科学習に比べると,時間的にも内容的にも,充実しているとはいえない。
このような課題に対して,特に高等学校の新入生の学級づくりに焦点を当てた取り組みが,実施されつつある。そこでは,従来学校において取り入れられてきた構成的エンカウンターの手続きに加えて,他者や自己の認知や行動,感情のモニタリングなどを取り入れた試みがなされている。本シンポジウムでは,実際の取り組みとその意図,および今後の発展性について議論を行う。
認知行動療法に基づくストレスマネジメント
吉田遥菜
学校場面の児童生徒を対象とした不適応行動や心理的ストレスなどの予防的介入として,認知行動療法型ストレスマネジメント教育(以下,SME)の有効性が示されている(嶋田他,2010)。
高校生を対象とした数少ない実践例の1つとして,不登校経験等から心理的ストレスの問題を生じやすい生徒が集まる「チャレンジスクール」における実践が挙げられる。ある都立高校では,10年以上前から,年間を通して毎週1コマの必修科目として,SMEプログラムを取り入れ,相応の効果をあげている。また,平成28年度には,それらの実践を踏まえて,東京都教育委員会は「マイ・ライフ・デザイン」と称する都立高校の学校設定科目の教科書(SME+キャリア教育の内容)を作成し(嶋田他,2016),その実践例の積み重ねも期待できる状況にある。
しかしながら,SMEプログラムは,学校不適応や発達障害などのさまざまな背景を持つ生徒が存在する学級集団に対して一斉形式で行われるために,プログラムを単純に進めるだけではなく,個々の生徒のアセスメントにしたがった支援を展開する必要があると考えられる。
そこで,本話題提供では,学級集団を対象とした SMEにおける重要なアセスメントの観点や実践上の工夫すべき点に関して,いくつかの典型的な事例を踏まえながら報告を行うこととする。
高校生に対する認知行動療法的支援の特徴
齋藤彩乃・加藤海咲
認知行動療法の枠組みから支援を考える場合には,高校生を取り巻く重要な環境変数として,家庭場面と学校場面を考える必要がある。そして,それに加えて,高校生世代に特異的な認知行動的特徴を適切に把握する必要がある。たとえば,高校生は義務教育の児童生徒と比較して,保護者の考えや価値観などの,いわゆる「親の圧力」の影響力が著しく低くなることが明らかにされている(Kato et al., in press)。また,学校場面におけるストレスマネジメント実践においても,小中学生とは異なる特徴が多いことも知られている。
また,高校生の攻撃行動は,当該の世代の代表的な問題行動の1つとしてあげられるが,その支援の際には,情動調整方略の適切な獲得が重要になってくる。たとえば,リラクセーショントレーニングやマインドフルネストレーニングはその代表格であるが,特にマインドフルネストレーニングは,高校生以外の世代と比較して,得られるマインドフルネススキルの獲得が早いという傾向にあることが示されている(齋藤,2018)。
したがって,高校生を対象とした認知行動療法的支援を考える際には,この世代に特異的な特徴を踏まえ,適切な支援計画を立てる必要がある。これに加えて,発達障害等の問題が加わった場合には,単に子どもの支援として括ることは非常に困難になる。そこで本話題提供では,このような支援の確立に向けた議論を行うこととする。
高等学校における集団介入の効果を高める導入とフォローアップの観点
杉山智風
高等学校における集団心理的介入は,その必要性については議論の余地がないものの,小学校や中学校で提供されているような,いわゆる行動の「型」を学習させることに重きを置くような,未学習を想定したプログラムでは,期待される効果が低い。その一方で,対人葛藤場面に対して,すでに学習している対処行動のレパートリーを案出し,期待される効果の大きいものを選択するような問題解決訓練を中心とした実践(小関他,2011)や,日常生活においては通常あまり意識することのない「認知」という比較的新奇な要素を扱い,認知と行動や感情との関係性を理解した上で,認知の多様性に気づくことを促すような実践(Ito et al., 2017)の有効性について報告されている。
これらの実践は,問題解決スキルの向上や認知再体制化の手続きの習得といったプロセス変数の変容に重きを置くことで,対象となる高校生が日々の生活の中で,習得した方略を自身で活用し,環境からの正の強化を受けて定着していると理解できる。すなわち,介入自体に効果があるというよりもむしろ,介入はあくまで知識や技能の習得の機会であり,習得した知識や技能を日常生活で活用し,そして環境から期待したフィードバックを得ることで,有効性が確保できると考えられる。
このような視点から,本話題提供においては,高等学校における集団介入を実施する際の,導入やフォローアップの観点について整理を行い,日常に定着することをねらいとした実践上の工夫について紹介する。そのうえで,集団介入が継続的な効果を提示するために必要な手続きについて議論を行う。
2018年度から,高等学校における通級指導が開始された。高等学校における通級指導の内容は,障害のある生徒が自立と社会参加を目指し,障害による学習または生活上の困難を主体的に改善,克服するための指導であり,小中学校等における通級指導の内容と同様,特別支援学校自立活動に相当するものとされている(文部科学省,2016)。
また,2022年度から新しく導入される高等学校学習指導要領では,「探究」という名称がつく科目が新設されることとなっている。探求学習とは「問題解決的な活動が発展的に繰り返されていく一連の学習活動のこと」と定義されている(文部科学省,2009)。これによって、「日本史探求」,「古典探求」などの科目が新設されることに加え,必修である「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」と名称変更されることになっている。
このような高校学校におけるさまざまな取り組みに対して,心理学,とりわけ教育心理学の担うべき役割は大きい。たとえば,「探求」においては,「課題の設定」,「情報の収集」,「整理・分析」,「まとめ・表現」として構成される一連の手続きは,エビデンス・ベイスド・プラクティスが強調されている心理的支援の提供において重要視されている要素と大きく共通する部分がある。このような「探求」の視点から心理的な支援を見直すと,これまではアウトカム変数の評価に重きが置かれがちであった事象に対して,プロセス変数の変化に注目するという視点を養い,対象となった生徒自身で問題解決を行うことが重要であることにシフトしたと考えられる。
心理学的支援の枠組みにおいては,このような高等学校における課題や制度上の変化に対して,実証性および再現性の担保された支援を提供していくことが重要であると考えられる。そのような中で,理論に裏打ちされた具体的な手続きを体系的に提供してきた支援の1つに,認知行動療法がある。
そこで本シンポジウムでは,新しい時代を迎えている高等学校における認知行動療法に基づく実践を再度整理し,今後の発展に向けた有効性と課題を検討することを目的とする。そして,学校カウンセリングの立場から菅野純先生に指定討論を頂く。本シンポジウムを通して,義務教育とは異なる,高等学校という環境を考慮した心理的支援を提供するためのポイントについて,共有を図ることを試みる。
高等学校における通級指導を中心とした実践と展開
小関俊祐
平成30年度(2018年度)から,高等学校でも通級指導が開始された。実際には,通級指導で何を教えるか,ということが十分に確立していないのが現状である。小中学校までの義務教育と異なり,単位認定のための制度の配備を含めた高等学校における通級指導のための時間の確保が必要になる。また,高等学校においては,学力不振や対人関係上の困難などの問題が,退学や留年といった措置にもつながるため,問題が発生するよりも前に,具体的な対処方略や行動レパートリーを獲得するための機会としても,通級指導における指導の充実は重要である。
そのような視点に立つと,高等学校の通級指導において認知行動療法に基づくプログラムを展開することの利点の1つとして,教育内容におけるプロセス変数とアウトカム変数を明確に設定し,一連の通級指導プログラムの中で,積み上げ式の指導も,あるいは個々のプログラムを適宜活用する選択式の指導も,柔軟に選択し,活用することができることが挙げられる。これによって,さまざまな状態像の生徒に合わせた教育内容を提供することが可能となるとともに,通級指導担当以外の教員にも授業内容やその意図について説明することを容易にできることが期待される。
本話題提供では,実際のプログラムの概要とその効果や実践上の留意点について紹介しつつ,義務教育ではない,高等学校における通級指導および特別支援の在り方と,有効性を担保するための留意点について紹介する。
高等学校新入生の学級づくりに焦点を当てた心理的支援
大谷哲弘
高等学校の新入生においては,これまでの小学校から中学校までの進学とは異なり,「幼なじみ」のような既存の人間関係の大半が解消される場合が多い。そのため,これまで培ってきた社会的スキルを駆使し,人間関係を再構築するような手続きが,高等学校の新入生には求められる。しかしながら,特別支援教育の対象となるような生徒の中には,対人関係を新たに構築するために必要な社会的スキルを習得していない生徒や,過度に不安が喚起されて,十分に持っているスキルを発揮できずに孤立するような生徒も実際には存在する。教員の立場からも,対人関係が円滑に構築されるよう,社会的スキル訓練の機会を提供するなどの対応は行うが,教科学習に比べると,時間的にも内容的にも,充実しているとはいえない。
このような課題に対して,特に高等学校の新入生の学級づくりに焦点を当てた取り組みが,実施されつつある。そこでは,従来学校において取り入れられてきた構成的エンカウンターの手続きに加えて,他者や自己の認知や行動,感情のモニタリングなどを取り入れた試みがなされている。本シンポジウムでは,実際の取り組みとその意図,および今後の発展性について議論を行う。
認知行動療法に基づくストレスマネジメント
吉田遥菜
学校場面の児童生徒を対象とした不適応行動や心理的ストレスなどの予防的介入として,認知行動療法型ストレスマネジメント教育(以下,SME)の有効性が示されている(嶋田他,2010)。
高校生を対象とした数少ない実践例の1つとして,不登校経験等から心理的ストレスの問題を生じやすい生徒が集まる「チャレンジスクール」における実践が挙げられる。ある都立高校では,10年以上前から,年間を通して毎週1コマの必修科目として,SMEプログラムを取り入れ,相応の効果をあげている。また,平成28年度には,それらの実践を踏まえて,東京都教育委員会は「マイ・ライフ・デザイン」と称する都立高校の学校設定科目の教科書(SME+キャリア教育の内容)を作成し(嶋田他,2016),その実践例の積み重ねも期待できる状況にある。
しかしながら,SMEプログラムは,学校不適応や発達障害などのさまざまな背景を持つ生徒が存在する学級集団に対して一斉形式で行われるために,プログラムを単純に進めるだけではなく,個々の生徒のアセスメントにしたがった支援を展開する必要があると考えられる。
そこで,本話題提供では,学級集団を対象とした SMEにおける重要なアセスメントの観点や実践上の工夫すべき点に関して,いくつかの典型的な事例を踏まえながら報告を行うこととする。
高校生に対する認知行動療法的支援の特徴
齋藤彩乃・加藤海咲
認知行動療法の枠組みから支援を考える場合には,高校生を取り巻く重要な環境変数として,家庭場面と学校場面を考える必要がある。そして,それに加えて,高校生世代に特異的な認知行動的特徴を適切に把握する必要がある。たとえば,高校生は義務教育の児童生徒と比較して,保護者の考えや価値観などの,いわゆる「親の圧力」の影響力が著しく低くなることが明らかにされている(Kato et al., in press)。また,学校場面におけるストレスマネジメント実践においても,小中学生とは異なる特徴が多いことも知られている。
また,高校生の攻撃行動は,当該の世代の代表的な問題行動の1つとしてあげられるが,その支援の際には,情動調整方略の適切な獲得が重要になってくる。たとえば,リラクセーショントレーニングやマインドフルネストレーニングはその代表格であるが,特にマインドフルネストレーニングは,高校生以外の世代と比較して,得られるマインドフルネススキルの獲得が早いという傾向にあることが示されている(齋藤,2018)。
したがって,高校生を対象とした認知行動療法的支援を考える際には,この世代に特異的な特徴を踏まえ,適切な支援計画を立てる必要がある。これに加えて,発達障害等の問題が加わった場合には,単に子どもの支援として括ることは非常に困難になる。そこで本話題提供では,このような支援の確立に向けた議論を行うこととする。
高等学校における集団介入の効果を高める導入とフォローアップの観点
杉山智風
高等学校における集団心理的介入は,その必要性については議論の余地がないものの,小学校や中学校で提供されているような,いわゆる行動の「型」を学習させることに重きを置くような,未学習を想定したプログラムでは,期待される効果が低い。その一方で,対人葛藤場面に対して,すでに学習している対処行動のレパートリーを案出し,期待される効果の大きいものを選択するような問題解決訓練を中心とした実践(小関他,2011)や,日常生活においては通常あまり意識することのない「認知」という比較的新奇な要素を扱い,認知と行動や感情との関係性を理解した上で,認知の多様性に気づくことを促すような実践(Ito et al., 2017)の有効性について報告されている。
これらの実践は,問題解決スキルの向上や認知再体制化の手続きの習得といったプロセス変数の変容に重きを置くことで,対象となる高校生が日々の生活の中で,習得した方略を自身で活用し,環境からの正の強化を受けて定着していると理解できる。すなわち,介入自体に効果があるというよりもむしろ,介入はあくまで知識や技能の習得の機会であり,習得した知識や技能を日常生活で活用し,そして環境から期待したフィードバックを得ることで,有効性が確保できると考えられる。
このような視点から,本話題提供においては,高等学校における集団介入を実施する際の,導入やフォローアップの観点について整理を行い,日常に定着することをねらいとした実践上の工夫について紹介する。そのうえで,集団介入が継続的な効果を提示するために必要な手続きについて議論を行う。