[JH04] 教員研修のあり方を模索する
プレイフルな研修の意義と課題
Keywords:教員、研修、プレイフル
企画趣旨
本シンポジウムでは,教員を対象とした研修会のあり方について「プレイフル」をキーワードに議論する。「プレイフル」とは,遊び心がある状態,楽しさで満ち溢れている状態を言う。教育界において子どもの発達における「遊び」の重要性はよく認知されていることであるが,その子どもを支える大人側の「遊び」の重要性については,日常的に深く捉えられることは少ない。しかし,「遊びがない」状態が決して心地よいものではないことは,経験則として誰しもが感じていることだろう。
三浦ら(2017)は,大人の中にある「子ども性」の要素についてJung派の文献をもとに検討している。「子ども性」の要素の一つに「プレイフルネス」というカテゴリがあり,それは<遊び心><創造性><破滅的><刺激飢餓>というサブカテゴリを含んでいるという。「遊び」の持つ創造性と破壊性は,様々な問題に直面し硬直してしまった時の突破口となるかもしれない。
大人の「学び」においても「遊び」は重要だ。上田ら(2013)は「プレイフル・ラーニング」を推奨し,人々がともに楽しさを感じつつコミュニケーションを通じて学ぶことの意義を強調している。吉川(2018)は,ゲーミング・シミュレーションの解説において,「楽しく学ぶことの意味」について以下の3点を挙げている。①楽しい経験は,参加しようとする意欲を高める。②楽しい遊びのような雰囲気は,参加者に,失敗しても構わないと思わせるのに役立っている。③楽しいとまた繰り返してやってみたくなる。
以上のようなことを考えれば,教員研修においても,プレイフルであることは非常に重要ではないか。そこで,今回のシンポジウムでは,2つの実践例を紹介しつつ,プレイフルな教員研修のあり方についてその意義と課題を議論したい。
話題提供要旨
教員研修の現状と課題―現職教員の立場から―
岡本尚子
教員研修には,必ず受けなければならない必修研修と個人の興味関心によって受ける希望研修がある。後者の場合には積極的・主体的に取り組みやすいが,前者では必ずしもそうではない。そうした研修でも,何か心をひきつけられるようなものがあると深い学びにつながる。その一つとして,「遊び」やゲーム性について考えてみたい。
教員研修で「遊び」やゲーム性を取り入れた研修としては,学校現場ですぐに役立つ特別活動(学級づくりのために行うゲーム等),体育,小学校の英語学習等の授業実践研修などがある。教員は子ども「終わらない対話」役になって童心にかえって楽しく学ぶ。そこには遊び心があり,教員自身が自分の積極性を見直したり,ゲームを楽しむことのできる自分を思い出したりする機会にもなる。
一方,国語や算数等の教科の研修,及び教員としての価値観や考え方を見直したり確認したりする研修―例えば,人権教育,生徒指導や教育相談の研修―のスタイルとしては講義,グループ協議等がある。以前は講義のみの研修が多かったが,最近は講義とグループ協議を組み合わせている。各々の教員の価値観が前面に出る事案の多い生徒指導や教育相談研修では,多くの教員が自由な雰囲気の中で様々な価値観を共有することが必要である。そうすることで,事案の解決の見通しが立ったり,理解が深まったりする。ただ,その時だけ顔を合わせた教員と本音で話すことは難しいし,経験年数,専門性,性格(教職に対する自信や考えの表出の得手不得手等)が影響して自由に安心感を持って話すことができるとは言い難い。
このような研修に,「遊び」を取り入れたらどうなのか。楽しく教員の笑顔溢れる研修になり,研修後は,同僚の思ってもよらなかった考えに感銘したり自分の価値観の変容を感じたりするだろう。
ただ,多忙を極める学校現場では様々な出来事が流れていく。流さなければ処理しきれない。流すことで「心の安定を保っている」ともいえる。ゆえに,つい研修すら「流してしまう」ことがある。「遊び」のある研修は,ともすると「体験して楽しかった」という感想だけで終わってしまいかねない。「遊び」がありながらも深い学びが得られる研修にするためには,どのような手立てや工夫が必要だろうか。
教員研修における“遊び”の意義―スクールカウンセラーの立場から―
細川美幸
スクールカウンセラー(以下,SC)の仕事として,年に1,2回の教職員の研修がある。学校側から具体的に研修内容を依頼されることもあれば,SCに一任されることもある。いずれにせよ「今年」「この学校で」どのような研修をしようかという悩みは毎年のことである。なぜ悩むのか。理由は,「どうすれば,退屈にもならず,頭痛もせず,日ごろの教育に還元できるようなお土産をもって,できれば元気になって終わることができるか」ということを目標にするからである。先生方はすでに,知識を得る一般的な研修は豊富に体験されている。そうではない研修の在り方を検討したとき,「プレイフル」であることは希少な好条件である。SCの立場から教育現場を見たときに,一番に願うのは「先生たちに元気でいていただきたい」ということである。子どもももちろん大人も,心が疲れたときに回復するツールとして「遊び」が有効であることは皆さんも周知のことだろう。話題提供者が臨床現場でよく活用するMSSM(山中,1984)という表現技法も,遊びの要素に守られて『ゆとり』が生じることが臨床効果の一つである。また,発信―受信を繰り返し,対等なコミュニケーションを幾重にも繰り返す体験も,心理的発達に大きく関与している。対等なコミュニケーション,対等な対話,「終わらない対話」(矢守,2007)は,話題提供者らが開発(オリジナル製作者と覚書を交わし枠組み援用)した『KLCクロスロード発達支援者版』(梅崎,細川)の目的でもあった。ゲーム性をもつプレイフルな研修ツールは,組織に健全なコミュニケーションと対話を回復させ,個人のもつ潜在能力の回復や自覚化をも期待できるように実感している。教育現場における研修が「プレイフル」な場であることの効果や限界について具体的に皆さんと考えてみたい。
ゲーミング・シミュレーションを活用した研修―『クロスロード 教育相談編』を用いた実践―
網谷綾香
教育相談を行う時,教員はたびたび判断に迷い,葛藤することも多い。網谷(2015)が開発した『クロスロード 教育相談編』は,このような教員の葛藤を活用した研修用教材であり,矢守・吉川・網代(2005)が防災対応シミュレーションゲームとして開発した「クロスロード」の手法を,許可を得て援用している。本教材は,カードゲーム形式をとっており,教員が苦渋の選択を迫られるような葛藤場面がカードで提示される。Yes/Noカードを持った参加者はグループの多数派の意見を予測し,見事予測できれば「青座布団」がポイントとして与えられる。一方,1人だけ異なる意見を予測したら「金座布団」がもらえるという仕掛けもある。ゲームであるので,あえて裏をかいて「金座布団」を狙ってもよい。「オープン」のかけ声で一斉にYes/Noカードをめくる時,会場にはどよめきや歓声が起こることも多い。その後,参加者同士の対話が行われる。
これまでに,校内研修会や養護教諭対象の研修会,教育相談研修会(各校種混合)など,様々な研修の場で本教材を用いてきた。この研修では,様々な事例についてリアルに葛藤の疑似体験ができるのだが,ゲーム性の高い教材であるため,安心して率直な意見を出すことができる。その結果,積極的対話が促され,自らの考え方の偏りへの気づきや価値観の広がりが得られる。
シンポジウムでは,この教材を用いた短い演習を行う。実際に体験していただく中で,本教材の意義や課題について議論していければと思う。
ブロックを用いた教員研修―形づくることと対話を通しての学び―
町支大祐
ここでは,ブロックを用いた教員研修の事例について紹介する。ブロックを用いた研修については,これまで上田(2013),脇本・町支・中原(2015)などに紹介されている。ブロックは様々な形で活用可能であるが,話題提供者の場合には,何らかの場面を再現したり,あるいは,関係性や概念など抽象的なものを形として表現することに用いるケースが多い。前者の例としては「今年1年間で最も充実していた瞬間」を再現することなどがあり,後者の例としては「学校内の人間関係」を表現することなどがある。そして,それらをブロックで作った後には必ず対話の時間をとっている。ブロックのオブジェで表したかったものが何なのかをまずは本人が説明し,その後,周りのものから質問を受ける。そしてそれをきっかけにしながら対話を深めていくという形である。
これらの取り組みの最終的な目的は,学校内での出来事や人間関係について振り返り,そこから学びを得ることにある。忙しい日々の中で忘れ去られてしまうような場面を再現したり,普段何気なく感じてはいても,言葉や形にできていないものをあえて具体的なものとして作ることによよって,対話を促進し,その対話を通じて,自己と他者の視点から場面や状況を相対化する。そういった形で学びを得ることを目的としている。
しかし,そういった対話を何の足場かけもなしに行うのは難しい。校内での苦労や悩みが吐露されることも多い。互いのことをよく知りあったうえで行うわけでもない教員研修という場で質の高い学びを実現するには,まずは,ブロックを組み立てるという,「遊び」を取り入れた活動をすることで,少しずつしなやかなマインドセットになってもらうことが重要であると考えている。
シンポジウムでは,実際にブロックを用いて,研修の体験を行う。議論の糧としていただきたい。
本シンポジウムでは,教員を対象とした研修会のあり方について「プレイフル」をキーワードに議論する。「プレイフル」とは,遊び心がある状態,楽しさで満ち溢れている状態を言う。教育界において子どもの発達における「遊び」の重要性はよく認知されていることであるが,その子どもを支える大人側の「遊び」の重要性については,日常的に深く捉えられることは少ない。しかし,「遊びがない」状態が決して心地よいものではないことは,経験則として誰しもが感じていることだろう。
三浦ら(2017)は,大人の中にある「子ども性」の要素についてJung派の文献をもとに検討している。「子ども性」の要素の一つに「プレイフルネス」というカテゴリがあり,それは<遊び心><創造性><破滅的><刺激飢餓>というサブカテゴリを含んでいるという。「遊び」の持つ創造性と破壊性は,様々な問題に直面し硬直してしまった時の突破口となるかもしれない。
大人の「学び」においても「遊び」は重要だ。上田ら(2013)は「プレイフル・ラーニング」を推奨し,人々がともに楽しさを感じつつコミュニケーションを通じて学ぶことの意義を強調している。吉川(2018)は,ゲーミング・シミュレーションの解説において,「楽しく学ぶことの意味」について以下の3点を挙げている。①楽しい経験は,参加しようとする意欲を高める。②楽しい遊びのような雰囲気は,参加者に,失敗しても構わないと思わせるのに役立っている。③楽しいとまた繰り返してやってみたくなる。
以上のようなことを考えれば,教員研修においても,プレイフルであることは非常に重要ではないか。そこで,今回のシンポジウムでは,2つの実践例を紹介しつつ,プレイフルな教員研修のあり方についてその意義と課題を議論したい。
話題提供要旨
教員研修の現状と課題―現職教員の立場から―
岡本尚子
教員研修には,必ず受けなければならない必修研修と個人の興味関心によって受ける希望研修がある。後者の場合には積極的・主体的に取り組みやすいが,前者では必ずしもそうではない。そうした研修でも,何か心をひきつけられるようなものがあると深い学びにつながる。その一つとして,「遊び」やゲーム性について考えてみたい。
教員研修で「遊び」やゲーム性を取り入れた研修としては,学校現場ですぐに役立つ特別活動(学級づくりのために行うゲーム等),体育,小学校の英語学習等の授業実践研修などがある。教員は子ども「終わらない対話」役になって童心にかえって楽しく学ぶ。そこには遊び心があり,教員自身が自分の積極性を見直したり,ゲームを楽しむことのできる自分を思い出したりする機会にもなる。
一方,国語や算数等の教科の研修,及び教員としての価値観や考え方を見直したり確認したりする研修―例えば,人権教育,生徒指導や教育相談の研修―のスタイルとしては講義,グループ協議等がある。以前は講義のみの研修が多かったが,最近は講義とグループ協議を組み合わせている。各々の教員の価値観が前面に出る事案の多い生徒指導や教育相談研修では,多くの教員が自由な雰囲気の中で様々な価値観を共有することが必要である。そうすることで,事案の解決の見通しが立ったり,理解が深まったりする。ただ,その時だけ顔を合わせた教員と本音で話すことは難しいし,経験年数,専門性,性格(教職に対する自信や考えの表出の得手不得手等)が影響して自由に安心感を持って話すことができるとは言い難い。
このような研修に,「遊び」を取り入れたらどうなのか。楽しく教員の笑顔溢れる研修になり,研修後は,同僚の思ってもよらなかった考えに感銘したり自分の価値観の変容を感じたりするだろう。
ただ,多忙を極める学校現場では様々な出来事が流れていく。流さなければ処理しきれない。流すことで「心の安定を保っている」ともいえる。ゆえに,つい研修すら「流してしまう」ことがある。「遊び」のある研修は,ともすると「体験して楽しかった」という感想だけで終わってしまいかねない。「遊び」がありながらも深い学びが得られる研修にするためには,どのような手立てや工夫が必要だろうか。
教員研修における“遊び”の意義―スクールカウンセラーの立場から―
細川美幸
スクールカウンセラー(以下,SC)の仕事として,年に1,2回の教職員の研修がある。学校側から具体的に研修内容を依頼されることもあれば,SCに一任されることもある。いずれにせよ「今年」「この学校で」どのような研修をしようかという悩みは毎年のことである。なぜ悩むのか。理由は,「どうすれば,退屈にもならず,頭痛もせず,日ごろの教育に還元できるようなお土産をもって,できれば元気になって終わることができるか」ということを目標にするからである。先生方はすでに,知識を得る一般的な研修は豊富に体験されている。そうではない研修の在り方を検討したとき,「プレイフル」であることは希少な好条件である。SCの立場から教育現場を見たときに,一番に願うのは「先生たちに元気でいていただきたい」ということである。子どもももちろん大人も,心が疲れたときに回復するツールとして「遊び」が有効であることは皆さんも周知のことだろう。話題提供者が臨床現場でよく活用するMSSM(山中,1984)という表現技法も,遊びの要素に守られて『ゆとり』が生じることが臨床効果の一つである。また,発信―受信を繰り返し,対等なコミュニケーションを幾重にも繰り返す体験も,心理的発達に大きく関与している。対等なコミュニケーション,対等な対話,「終わらない対話」(矢守,2007)は,話題提供者らが開発(オリジナル製作者と覚書を交わし枠組み援用)した『KLCクロスロード発達支援者版』(梅崎,細川)の目的でもあった。ゲーム性をもつプレイフルな研修ツールは,組織に健全なコミュニケーションと対話を回復させ,個人のもつ潜在能力の回復や自覚化をも期待できるように実感している。教育現場における研修が「プレイフル」な場であることの効果や限界について具体的に皆さんと考えてみたい。
ゲーミング・シミュレーションを活用した研修―『クロスロード 教育相談編』を用いた実践―
網谷綾香
教育相談を行う時,教員はたびたび判断に迷い,葛藤することも多い。網谷(2015)が開発した『クロスロード 教育相談編』は,このような教員の葛藤を活用した研修用教材であり,矢守・吉川・網代(2005)が防災対応シミュレーションゲームとして開発した「クロスロード」の手法を,許可を得て援用している。本教材は,カードゲーム形式をとっており,教員が苦渋の選択を迫られるような葛藤場面がカードで提示される。Yes/Noカードを持った参加者はグループの多数派の意見を予測し,見事予測できれば「青座布団」がポイントとして与えられる。一方,1人だけ異なる意見を予測したら「金座布団」がもらえるという仕掛けもある。ゲームであるので,あえて裏をかいて「金座布団」を狙ってもよい。「オープン」のかけ声で一斉にYes/Noカードをめくる時,会場にはどよめきや歓声が起こることも多い。その後,参加者同士の対話が行われる。
これまでに,校内研修会や養護教諭対象の研修会,教育相談研修会(各校種混合)など,様々な研修の場で本教材を用いてきた。この研修では,様々な事例についてリアルに葛藤の疑似体験ができるのだが,ゲーム性の高い教材であるため,安心して率直な意見を出すことができる。その結果,積極的対話が促され,自らの考え方の偏りへの気づきや価値観の広がりが得られる。
シンポジウムでは,この教材を用いた短い演習を行う。実際に体験していただく中で,本教材の意義や課題について議論していければと思う。
ブロックを用いた教員研修―形づくることと対話を通しての学び―
町支大祐
ここでは,ブロックを用いた教員研修の事例について紹介する。ブロックを用いた研修については,これまで上田(2013),脇本・町支・中原(2015)などに紹介されている。ブロックは様々な形で活用可能であるが,話題提供者の場合には,何らかの場面を再現したり,あるいは,関係性や概念など抽象的なものを形として表現することに用いるケースが多い。前者の例としては「今年1年間で最も充実していた瞬間」を再現することなどがあり,後者の例としては「学校内の人間関係」を表現することなどがある。そして,それらをブロックで作った後には必ず対話の時間をとっている。ブロックのオブジェで表したかったものが何なのかをまずは本人が説明し,その後,周りのものから質問を受ける。そしてそれをきっかけにしながら対話を深めていくという形である。
これらの取り組みの最終的な目的は,学校内での出来事や人間関係について振り返り,そこから学びを得ることにある。忙しい日々の中で忘れ去られてしまうような場面を再現したり,普段何気なく感じてはいても,言葉や形にできていないものをあえて具体的なものとして作ることによよって,対話を促進し,その対話を通じて,自己と他者の視点から場面や状況を相対化する。そういった形で学びを得ることを目的としている。
しかし,そういった対話を何の足場かけもなしに行うのは難しい。校内での苦労や悩みが吐露されることも多い。互いのことをよく知りあったうえで行うわけでもない教員研修という場で質の高い学びを実現するには,まずは,ブロックを組み立てるという,「遊び」を取り入れた活動をすることで,少しずつしなやかなマインドセットになってもらうことが重要であると考えている。
シンポジウムでは,実際にブロックを用いて,研修の体験を行う。議論の糧としていただきたい。