日本教育心理学会第61回総会

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自主企画シンポジウム

[JH05] JH05
学校教育実践における学習支援の多様なアプローチを考える

学習につまずきのある児童生徒のニーズに応じた授業つくり・個別支援

Mon. Sep 16, 2019 1:00 PM - 3:00 PM 3号館 3階 (3305)

企画・司会:橋本創一(東京学芸大学)
指定討論:堀田香織(埼玉大学)
話題提供:野田航(大阪教育大学)
話題提供:栗原治子#(調布市立柏野小学校)
話題提供:杉岡千宏(東京学芸大学大学院)
話題提供:犬塚美輪(東京学芸大学)

[JH05] 学校教育実践における学習支援の多様なアプローチを考える

学習につまずきのある児童生徒のニーズに応じた授業つくり・個別支援

橋本創一1, 堀田香織2, 野田航3, 栗原治子#4, 杉岡千宏5, 犬塚美輪6 (1.東京学芸大学, 2.埼玉大学, 3.大阪教育大学, 4.調布市立柏野小学校, 5.東京学芸大学大学院, 6.東京学芸大学)

Keywords:学習困難、援助要請、個別支援

企画趣旨・討論
橋本創一・堀田香織
 学習障害(LD)や軽度知的発達障害(IDD)に代表される学習困難や,様々な要因から学習につまずきを示す児童生徒が学校の教室において現況として少なくない。学習についていけない,授業に参加できないことの要因には,認知機能の偏りや知的発達の遅れ,聴く・話す・見る・書く・動くなどの処理や操作などでつまずきがある場合がある。また,自己中心的,多動・衝動性,情緒不安,興味関心の偏り,固執,過敏さ,などがあったり,自己肯定感が低くて無気力さや不適応などに発展していることがある。特別支援教育の推進から,支援が必要な児童生徒への行動支援やコミュニケーション特性への対応は工夫されて効果をあげている。一方で,教室における個に応じた学習支援や授業中の集団参加に向けた支援において,学校教育実践の実績・効果は,必ずしも向上がみられているとは言い難い。国連による障害者権利条約に批准した我が国は,障害者への合理的配慮として,教室の学習活動場面でつまずきが生じている子どもが出ないように環境調整や配慮に重点を置いて教育支援を考えることが指摘されている。しかし,小中学校の通常学級において,担任教師が一人で授業や指導などを展開する場合に,学習につまずきを示す児童生徒がいる際に,適切にオーダーメイドの環境調整を遂行することが可能かと言えば,そのコストや課題も多い。具体的には,支援が必要な児童生徒数の著しい増加,多様な経験と特性を有する児童生徒がおり学級内の支援ニーズの幅や個人差が大きくなっていること,インクルーシブ教育への期待から授業中などに皆と同様にできなければならないとする子ども・保護者・教師らの意識の弊害,などから複雑な問題も指摘される。本シンポジウムは,学校教育実践における学習につまずきを示す児童生徒,特にLDやIDDなどの知的・発達障害のある者を含めて,その個別の支援,授業中の支援,学習指導の考え方,支援方法の手だて,などを多角的な視野から考えるものである。

話題提供
Rep.1『応用行動分析学と学習指導』
野田 航
 現在,日本の教育現場において応用行動分析学に基づく行動支援が盛んに行われるようになってきているが,教育の中心的なテーマの一つである学習指導に関する実践や研究は少ない (野田, 2018)。米国の教育心理学や学校心理学の分野では,応用行動分析学に基づく学習指導が多く実践され,効果が実証されている (e.g., Daly et al., 2009)。応用行動分析学では,読む・書く・計算する等の具体的な行動 (以下,学業スキル) と環境との相互作用の観点から学習指導を捉え,どのような環境調整を行うことで標的となる学業スキルが引き出され,強化されるのかを検討する。標的となる学業スキルが生じていないのであれば,その原因を学び手の能力や動機づけに求めていくのではなく,指導環境の中に原因を求めて改善していくという姿勢を徹底する。本話題提供では,まず応用行動分析学に基づく学習指導の捉え方 (データに基づく有効性,シングルケースデザイン法,実践可能性),アセスメント方法 (課題分析,機能的アプローチ),効果が実証されている指導法等について,主に米国の研究を中心に紹介する。その後,日本でこれまで行われてきた応用行動分析学に基づく学習指導研究 (刺激等価性の枠組みを用いた読み書き指導,計算スキルに対する流暢性指導等) を簡単に紹介する。最後に,学校システムレベルでの介入例として,米国で盛んに実践と研究が行われているResponse to Intervention (RTI) モデルを参考とした算数基礎学力向上の取り組みについて,話題提供者が開発した算数基礎領域におけるカリキュラムに基づく尺度 (curriculum-based measurement; Deno,1985) とそれを用いた大阪の公立小学校での実践を紹介する。

Rep.2『学習のつまずきを考慮した授業つくり』
栗原治子
 新学習指導要領(平成29年告示)では,「障害のある児童などについては,学習活動を行う場合に生じる困難さに応じた指導内容や指導方法の工夫を計画的,組織的に行うこと」とし,各教科の解説では,学習活動を行う場合に生じるつまずきに応じた指導の工夫が具体的に記された。学習内容を確実に身に付けるために,児童一人一人の学習へのつまずきを把握し,適切な学習支援の重要性が示されている。本発表では,通常の学級における,学習のつまずきを考慮した授業つくりについて,個別の学習支援と学級全体への支援の二つの側面から,実践の紹介を通して考えてみたい。
個別の学習支援では,教員が児童の学習のつまずきに気付くことに始まり,その背景要因を探り,つまずきを軽減する支援を考えていく。校内の教員と連携し,校内委員会などで児童の状態を検討し,つまずきの要因や支援策を考える場合もある。つまずきに応じたさらなる支援の工夫が必要であるが,実際の取組の紹介を通して効果を検証したい。一方,つまずきの要因は一人一人さまざまであり,通常学級の一斉指導のなかでは,十分な個別の学習支援が難しい場合がある。そこで,学級全体への支援として,学習につまずきのある児童を含む,どの児童にも分かりやすい授業(ユニバーサルデザインの視点を取り入れた授業)の工夫が,つまずきを考慮した授業つくりにつながるであろうと考えている。教室の環境整備,視覚的な情報提示,キーワードの提示,全員が楽しく参加する取組などを紹介し,学習のつまずきを考慮した授業つくりにつながっているか考えたい。 個別の学習支援や,つまずきを考慮した授業つくりを有効に行うためには,学習のつまずきを早期発見し,早期対応することが大切になる。そのための取組も考えていきたい。以上のように,学校心理学の視点から,つまずきのある児童に対する個別支援における学習アプローチや,学級全体に対する授業つくりの工夫について紹介し,通常学級において取り組むべき指導や課題について考えたい。

Rep.3『発達障害児の授業中における援助要請について』
杉岡千宏
 「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」が平成28年4月に施行され,不当な差別的取り扱いの禁止と合理的配慮の提供が求められている。個に応じて配慮や援助を提供することが求められる中で,ICTやインクルーシブ教育等で環境調整が取り組まれている。しかし,活動の中で個人の学習活動における困難な状況,集団参加における適応の困難な状況において個別に対応することが難しいのが実情である。できないことに直面する機会が多すぎると失敗経験となり,自信を失い学習意欲も低下してしまうだろう。そうならないための環境調整や人的サポートが求められるであろう。一方で,対象児がチャレンジする前に支援者側が先回りして,対象児に合わせて活動を工夫・修正・代替する支援が進むと,自分のできること,できないことの判断する機会を奪いかねない。自立や社会参加を鑑みると,自分で相手に配慮や支援を求める力も必要であろう。そうした提供と要請の中庸を個に合わせて見極めることが求められるであろう。そこで, “まずは取り組んでみる”,そして,できないときに“手助けを求める”という援助要請の力も求められるかもしれない。学習支援と言えば,学習内容に応じた取り組みが多く取り上げられる。しかし,学習に入る手前の段階,例えば,苦手な課題であったり,興味関心が低い活動に取り組み始めるまでの工程で拒否や困難を呈する児童も少なくない。本発表では,授業中において,発達障害児が学習活動に取り組む前段階における援助要請に着目し話題提供をする。

Rep.4『学習者のつまずき発見と学習スキルとしての「説明」』
犬塚美輪
 つまずきのある学習者に対する個別指導や支援の体制は,学校に十分に確保されているとは言えない。本発表では,学習者のつまずきに対応するためのカギとして「説明」を取り上げ,つまずきの発見と学習スキルとしての重要性を指摘する。
 つまずきに対応する支援が十分でない背景の一つには,授業内で分かりやすく丁寧な説明をすることと比べると,学習者の理解が十分かどうかを評価することが重視されにくいことが挙げられるのではないか。「割合が分からない」「電流の問題が分からない」と子どもが言ってきたらどうしますか?と教員に問うと,「次の授業で疑問点が解決されるように説明する」「問題を解いているときに机間巡視などで個別に説明する」「休み時間に教えてあげる」といった答えが返ってくることが多い。解けない問題に関する丁寧な「指導者の説明」が,学習者のつまずきへの対応の第一選択肢となっていると言えるだろう。しかし,「ある問題ができない」ことと「何につまずいているのか」がいつも対応するわけではない。「ある問題ができない」のはなぜか,個々の問題解決プロセスや概念理解を見直す必要がある場合もあるだろう。本発表では,このような問題解決プロセスに注目した学習者支援の手法として,認知カウンセリング(市川,1993)などを取り上げ,学習者の本当のつまずきに目を向けるための手立てとして,「学習者の説明」の重要性を指摘したい。 また,学習者の説明は,つまずき発見の手立てとしてだけでなく,学習を促進する重要な認知的・メタ認知的スキルでもある。説明を試みる中で,「意外と分かっていなかった」ことに気がついたり,繰り返し説明をすることで,知識やスキルの定着が促されたりするからである。一方,「分かりやすい先生の説明」が理解や問題を解くための近道であると考え,不完全な説明をすることに抵抗感を覚える学習者も少なくない。こうした現状を示すとともに,授業の中でも,「指導者の説明」だけでなく「学習者の説明」の機能を引き出すことの必要性を論じたい。
(HASHIMOTO Soichi, NODA Wataru, KURIHARA Haruko, SUGIOKA Chihiro, INUZUKA Miwa)