[準企シ] 縦断的な視点に基づく教授・学習研究
Keywords:縦断研究、教授・学習研究
企画趣旨
近年の教授・学習研究では,複数時点においてデータの測定を行う,縦断的な研究が多く行われるようになっている。日本教育心理学会の総会で発表される研究を見ても,複数時点でデータの測定を行った研究の数はここ数年で急増しており,縦断的な研究への関心は年々高まっているといえるだろう。
教授・学習研究において,時間軸上に存在する複数のデータを関連づけていく「縦断的な視点」を取り入れることのメリットとしては,変数間の因果関係や,特定の変数の発達的な変化の様相,介入の効果の持続性など,より多様なリサーチクエスチョンを立てられるようになることにあるといえる。また,学習という営みを,時間軸上の一時点で完結するものではなく,様々な経験の蓄積の中で徐々に深まっていくものであると捉えれば,家庭学習と授業の接続の問題や,初等教育,中等教育,高等教育の接続の問題も研究の対象として視野に入ってくる。
本シンポジウムでは,縦断的な視点にもとづきながら研究を行った3名の話題提供をもとに,縦断的な視点の多様性や有効性について理解を深めるとともに,データの測定や結果の解釈における注意点を共有した上で,今後の教授・学習研究の展開可能性について,指定討論の先生およびフロアの方々と議論していきたい。
テスト結果を受け取った時の感情と学習の関係
鈴木雅之
テストを実施することの目的の1つは,学習者の学習改善のための資料として活用することである。自己調整学習においても,テストによって自身の学習状況をモニターし,学習をコントロールすることはメタ認知的方略の一部として重視されている。しかし,テストを活用することで学業達成が促進される一方で,テストを自発的に活用している学習者は決して多くない。そのため,どのような学習者がテストを効果的に活用しているのかを明らかにすることは重要な課題といえる。
テストと学習の関係について,学習者がテストの実施目的や役割をどう捉えているのかというテスト観が重要な要因であることが示唆されている。しかし,テスト場面において学習者は様々な感情を経験していることから,学習者の行動に影響を与える要因としては,感情的側面も重要と考えられる。たとえば,テスト結果を受けて強く落ち込んだ場合には,テストを見直し,その後の学習に活用しようとはしないかもしれない。
感情は個々人の中で大きく変化するものであることから,感情と学習の関係について検討する場合には,個人内相関に基づいた分析をすることが望まれる。たとえば,「テストの見直し行動は,テスト結果を受け取った時の感情によって影響を受けるか」という問題について検討するためには,テスト結果を受け取った時の感情と見直し行動の測定を繰り返し行い,個人内相関に基づいた分析を行う必要がある。
このように,テスト結果を受け取った時の感情によって学習行動は変わるのかという問題について検討するためには,縦断調査が必要になる。本発表では,こうしたリサーチクエスチョンについて検討するために実際に行った研究の紹介を通して,縦断的研究の必要性について議論していきたい。また,個人内相関について検討する場合,たとえばポジティブ感情を強く経験した時ほどテストの見直しをよくする学習者もいれば,かえって見直しをしなくなる学習者も存在するなど,個人内での共変関係には個人間差がみられる可能性もある。本発表では,個人内相関の個人間差を説明する要因の検討という点からも,縦断的な研究のメリットや有効性等について考えていきたい。
小・中学校移行期における学習観の変化
鈴木 豪
知識の獲得や利用を方向づけ,規定するメタ認知の一側面として,学習観があると考えられる(藤村, 2008)。学習観は,“「学習とはどのようなものか」という一段抽象的な”広義の学習観と,“どのような勉強の仕方が効果的かについての個人レベルの信念”の狭義の学習観に整理することができるとされる(植阪, 2010)。広義の学習観,狭義の学習観のいずれについても,他の教授・学習に関する変数との関連が見られることが指摘されている。学習観を検討することは,教授・学習に関する研究を行う上で意義があると考えられる。
学習観は,短期間で容易には変容しないと考えられるが,一方で,長期にわたって不変なものとも言い切れない。例えば,大学に入学したばかりの1年生と,卒業を間近に控えた4年生とでは,学習観が異なるかもしれない。また,学習観は,大きな環境の変化といった,何らかのきっかけによって変化が起こる可能性もあるだろう。
学習観が変容するきっかけになると思われる出来事の一つとして,小学校から中学校への学校移行が考えられる。小・中学校の移行期は,学習者を取り巻く環境が大きく変容すると考えられる。例えば,一般的には中学生になると,定期テストの実施,教科担任制への移行,学習内容の高度化・抽象化,高校入試等に向けた進路意識の具体化を促される,などさまざまな変化が生じる。小・中の学校接続の円滑化という観点からも,この時期の学習観の変容について検討することは意義があると考えられる。
学習観がどのように変容するかを検討するには,縦断調査が有効であると考えられる。ある一時点での横断調査における学年間の差異は,学校移行による変化だけでなく,その年度の学年集団の特徴の差異も反映されている可能性がある。
そこで本発表では,同一学区の小・中学生を対象に,複数の学年・学校段階をまたいで横断的・縦断的に学習観の質問紙調査を行った結果について報告する。学習観の変化が見られるのか,見られたとすれば,どのような変化であったのかについて検討を行う。以上を通じて,横断調査に加えて縦断調査を実施した事によって得られた成果や,研究実施上の課題等について議論していきたい。
学習フェイズ間の関連の検討
篠ヶ谷圭太
学習は,「テキストを読む」,「教師の説明を聞く」といった活動を1回行うことで成立するものではなく,事前に知 識を得ておき,事後にも学習をして定着を図るといったように,「学習フェイズ」を重ねる中で徐々に深められていくものである(篠ヶ谷, 2012)。本発表では,事前学習フェイズにあたる予習と,本学習フェイズにあたる授業の連続性に着目し,それらの関連について検討した研究結果について報告する。
まず,中学生の歴史学習を対象とした実験研究では,事前に教科書を読んで予習しておくことで,授業で教師の説明を聞く際の自発的なメモ量が増加し,知識の精緻化が促進されることが示された。また,適性処遇交互作用について分析した結果,学習者の持つ信念(学習観)によって,そうした効果に個人差が生じることが明らかとなった(篠ヶ谷, 2008)。こうした問題をふまえて行われた後続の篠ヶ谷(2011)や篠ヶ谷(2013)では,予習中に「知識の背景を問う質問を生成する」「質問に対して自分なりの予想を書いておく」といった活動を行うよう介入することで,生成した問いに関連する重要な情報に注意が向けられ,授業理解が促されることが示された。
また,高校生の英語学習を対象とした調査研究(篠ヶ谷, 2010)では,動機づけの影響を考慮してもなお,予習時に使用している方略と授業中に使用している方略の間に直接の関連が見られており,予習中に,授業で扱う英単語や英文について調べておくこと,もしくは,その意味を自分なりに予想しておくことで,授業では板書以外の情報を自分の言葉でメモする,自身の理解度をチェックする,といった方略の使用が促されることが示唆された。
さらに,篠ヶ谷(2014)では,予習方略と授業内方略の関係は,教師の授業スタイルによって変動することが示されている。こうした知見から示唆されるように,学習を連続的に捉え,学習フェイズを関連づけることによって,教授方略に関する議論と学習方略に関する議論に接点が生まれる。今後は,「学習フェイズ」の関連づけの観点から,教授法と学習法に関して,より包括的な検討が行われていく必要があるのではないだろうか。
近年の教授・学習研究では,複数時点においてデータの測定を行う,縦断的な研究が多く行われるようになっている。日本教育心理学会の総会で発表される研究を見ても,複数時点でデータの測定を行った研究の数はここ数年で急増しており,縦断的な研究への関心は年々高まっているといえるだろう。
教授・学習研究において,時間軸上に存在する複数のデータを関連づけていく「縦断的な視点」を取り入れることのメリットとしては,変数間の因果関係や,特定の変数の発達的な変化の様相,介入の効果の持続性など,より多様なリサーチクエスチョンを立てられるようになることにあるといえる。また,学習という営みを,時間軸上の一時点で完結するものではなく,様々な経験の蓄積の中で徐々に深まっていくものであると捉えれば,家庭学習と授業の接続の問題や,初等教育,中等教育,高等教育の接続の問題も研究の対象として視野に入ってくる。
本シンポジウムでは,縦断的な視点にもとづきながら研究を行った3名の話題提供をもとに,縦断的な視点の多様性や有効性について理解を深めるとともに,データの測定や結果の解釈における注意点を共有した上で,今後の教授・学習研究の展開可能性について,指定討論の先生およびフロアの方々と議論していきたい。
テスト結果を受け取った時の感情と学習の関係
鈴木雅之
テストを実施することの目的の1つは,学習者の学習改善のための資料として活用することである。自己調整学習においても,テストによって自身の学習状況をモニターし,学習をコントロールすることはメタ認知的方略の一部として重視されている。しかし,テストを活用することで学業達成が促進される一方で,テストを自発的に活用している学習者は決して多くない。そのため,どのような学習者がテストを効果的に活用しているのかを明らかにすることは重要な課題といえる。
テストと学習の関係について,学習者がテストの実施目的や役割をどう捉えているのかというテスト観が重要な要因であることが示唆されている。しかし,テスト場面において学習者は様々な感情を経験していることから,学習者の行動に影響を与える要因としては,感情的側面も重要と考えられる。たとえば,テスト結果を受けて強く落ち込んだ場合には,テストを見直し,その後の学習に活用しようとはしないかもしれない。
感情は個々人の中で大きく変化するものであることから,感情と学習の関係について検討する場合には,個人内相関に基づいた分析をすることが望まれる。たとえば,「テストの見直し行動は,テスト結果を受け取った時の感情によって影響を受けるか」という問題について検討するためには,テスト結果を受け取った時の感情と見直し行動の測定を繰り返し行い,個人内相関に基づいた分析を行う必要がある。
このように,テスト結果を受け取った時の感情によって学習行動は変わるのかという問題について検討するためには,縦断調査が必要になる。本発表では,こうしたリサーチクエスチョンについて検討するために実際に行った研究の紹介を通して,縦断的研究の必要性について議論していきたい。また,個人内相関について検討する場合,たとえばポジティブ感情を強く経験した時ほどテストの見直しをよくする学習者もいれば,かえって見直しをしなくなる学習者も存在するなど,個人内での共変関係には個人間差がみられる可能性もある。本発表では,個人内相関の個人間差を説明する要因の検討という点からも,縦断的な研究のメリットや有効性等について考えていきたい。
小・中学校移行期における学習観の変化
鈴木 豪
知識の獲得や利用を方向づけ,規定するメタ認知の一側面として,学習観があると考えられる(藤村, 2008)。学習観は,“「学習とはどのようなものか」という一段抽象的な”広義の学習観と,“どのような勉強の仕方が効果的かについての個人レベルの信念”の狭義の学習観に整理することができるとされる(植阪, 2010)。広義の学習観,狭義の学習観のいずれについても,他の教授・学習に関する変数との関連が見られることが指摘されている。学習観を検討することは,教授・学習に関する研究を行う上で意義があると考えられる。
学習観は,短期間で容易には変容しないと考えられるが,一方で,長期にわたって不変なものとも言い切れない。例えば,大学に入学したばかりの1年生と,卒業を間近に控えた4年生とでは,学習観が異なるかもしれない。また,学習観は,大きな環境の変化といった,何らかのきっかけによって変化が起こる可能性もあるだろう。
学習観が変容するきっかけになると思われる出来事の一つとして,小学校から中学校への学校移行が考えられる。小・中学校の移行期は,学習者を取り巻く環境が大きく変容すると考えられる。例えば,一般的には中学生になると,定期テストの実施,教科担任制への移行,学習内容の高度化・抽象化,高校入試等に向けた進路意識の具体化を促される,などさまざまな変化が生じる。小・中の学校接続の円滑化という観点からも,この時期の学習観の変容について検討することは意義があると考えられる。
学習観がどのように変容するかを検討するには,縦断調査が有効であると考えられる。ある一時点での横断調査における学年間の差異は,学校移行による変化だけでなく,その年度の学年集団の特徴の差異も反映されている可能性がある。
そこで本発表では,同一学区の小・中学生を対象に,複数の学年・学校段階をまたいで横断的・縦断的に学習観の質問紙調査を行った結果について報告する。学習観の変化が見られるのか,見られたとすれば,どのような変化であったのかについて検討を行う。以上を通じて,横断調査に加えて縦断調査を実施した事によって得られた成果や,研究実施上の課題等について議論していきたい。
学習フェイズ間の関連の検討
篠ヶ谷圭太
学習は,「テキストを読む」,「教師の説明を聞く」といった活動を1回行うことで成立するものではなく,事前に知 識を得ておき,事後にも学習をして定着を図るといったように,「学習フェイズ」を重ねる中で徐々に深められていくものである(篠ヶ谷, 2012)。本発表では,事前学習フェイズにあたる予習と,本学習フェイズにあたる授業の連続性に着目し,それらの関連について検討した研究結果について報告する。
まず,中学生の歴史学習を対象とした実験研究では,事前に教科書を読んで予習しておくことで,授業で教師の説明を聞く際の自発的なメモ量が増加し,知識の精緻化が促進されることが示された。また,適性処遇交互作用について分析した結果,学習者の持つ信念(学習観)によって,そうした効果に個人差が生じることが明らかとなった(篠ヶ谷, 2008)。こうした問題をふまえて行われた後続の篠ヶ谷(2011)や篠ヶ谷(2013)では,予習中に「知識の背景を問う質問を生成する」「質問に対して自分なりの予想を書いておく」といった活動を行うよう介入することで,生成した問いに関連する重要な情報に注意が向けられ,授業理解が促されることが示された。
また,高校生の英語学習を対象とした調査研究(篠ヶ谷, 2010)では,動機づけの影響を考慮してもなお,予習時に使用している方略と授業中に使用している方略の間に直接の関連が見られており,予習中に,授業で扱う英単語や英文について調べておくこと,もしくは,その意味を自分なりに予想しておくことで,授業では板書以外の情報を自分の言葉でメモする,自身の理解度をチェックする,といった方略の使用が促されることが示唆された。
さらに,篠ヶ谷(2014)では,予習方略と授業内方略の関係は,教師の授業スタイルによって変動することが示されている。こうした知見から示唆されるように,学習を連続的に捉え,学習フェイズを関連づけることによって,教授方略に関する議論と学習方略に関する議論に接点が生まれる。今後は,「学習フェイズ」の関連づけの観点から,教授法と学習法に関して,より包括的な検討が行われていく必要があるのではないだろうか。