[準企シ] コミュニケーションに潜むいじめのリスク
Keywords:いじめ、コミュニケーション
企画趣旨
文部科学省では「いじめについての基本的な認識」として,「どの子どもにも,どの学校においても起こり得る」問題であると明示している。つまり,いじめは特定の属性や状況に限定して起こる特殊なものではなく,人と人とがコミュニケーションをとる場面にはそのリスクが潜み,何らかの契機で起こるものと考えることができる。医学には未病という考え方があるが,学校内外でのさまざまなコミュニケーションにも,その時点ではいじめとは言いきれないかもしれないが,いじめにつながり得るやりとりがあると考えられる。何気ないコミュニケーションに潜むリスクに気づき,それに注意を払うことは,いじめの予防にとって重要なことであろう。本シンポジウムでは,子どもたちの間で行われている日常のコミュニケーションに注目し,それらの行動に潜むいじめのリスクとその予防について考える。ここでは,教育心理学的視点に限定せず,社会心理学や認知科学といった視点から,そして実際の教育現場の視点からも話題提供を行い,指定討論者やフロアとの議論を通して,いじめ防止/対策の糸口を見出す。
具体的には,自身の考えが実際以上に相手に知られている,自身は相手の考えを見抜けていると過大に錯誤する透明性錯覚が,行動の送り手と受け手,それをとりまく人々のそれぞれの行動や認知にどのような影響を及ぼしうるのかについて話題提供をおこなう。つづいて,コミュニケーションにみられる「いじり」を紹介し,素朴概念としてのいじりがいじめとどうつながりうるのかを議論する。また,ネットいじめの変遷を踏まえつつ,ネットコミュニケーションに含まれるリスクについて話題提供をする。さらに,教育現場からの視点として,いじめの認知と発達段階から,学級開きと日常の接し方について話題提供をする。これらの話題提供に対して指定討論者によるコメントを踏まえ,フロアも含めた議論を通じて,日常的なコミュニケーションにはいじめのリスクが含まれる可能性があるということを改めて知るだけではなく,いじめの予防のヒントが得られる場としたい。
他者の心の推測の失敗といじめのリスク
武田美亜
コミュニケーションにズレが生じる要因の1つは,他者の心を推測する際に誰しもが陥る認知的な自己中心性バイアスである。人には,自分の感情や思考が他者に伝わっている程度を実際よりも高く推定する傾向があり,これは(メッセージの)送り手の透明性錯覚と呼ばれる(Gilovich, Savitsky,& Medvec,1998)。また,他者の感情や思考を自分は見抜いていると過大推定する傾向もあり,こちらは受け手の透明性錯覚と呼ばれる(武田・沼崎, 2007)。本発表では,こうした認知バイアスがコミュニケーションのズレをもたらし,悪くするといじめの発生や悪化を誘発するリスクについて,いじめをとりまくいつかの立場別に検討する。
たとえば,誰かをからかうという行動をする者(潜在的加害者)は,その行動が親愛の情を示したつもりのものであり,からかいのターゲット(潜在的被害者)にもそうした意図が伝わっていると過大評価しがちである(Kruger, Gordon, & Kuban, 2006)。潜在的被害者は,被害を受けて「いやだ」という意思表明をした時に,それが本気の拒否だということが相手にきちんと伝わっていると過大評価するであろう。加害者と被害者を取り巻く観衆および傍観者の立場にいる子どもや,保護者や教員といった大人の立場にも透明性錯覚は生じると考えられ,それらもいじめのリスクを高める可能性がある。
なお,本発表はいじめの要因を個人の認知バイアスに帰するものではない。誰もが持つ認知バイアスから生じるちょっとしたコミュニケーションのズレがいじめを発生・悪化させやすい環境を作り出すものとして,そうした環境を作らないための予防や対策を提案したい。
「いじり」が「いじめ」につながる可能性
瀧澤 純
いじめをより早い段階から発見できれば,いじめによる被害を最小限に抑えることができる。住田(2007)においても,犯罪行為にあたるほどの深刻ないじめは,遊びによるいじめを経て発生することが指摘されている。
今回の発表では,初期のいじめとされる状態よりも,さらに前の段階に着目する。そして,一般的にはいじめとは呼ばれていないが,いじめにつながりうるコミュニケーションの例として,「いじり」を取り上げる。いじりは,からかいを間に挟み,いじめとの連続体上でとらえられる可能性がある(望月・澤海・瀧澤・吉澤,2017)。もし,いじりをいじめの前段階として捉えるならば,初期のいじめに対応するよりも早く,かつ,被害が少ない状態で,いじめを解決できる可能性がある。
さらに,従来のいじめに関する研究といじりに関する研究をふまえて,いじめの深刻化のプロセスをいくつかの要素に分けて整理したい。具体的には,加害者数の変化,加害行為の変化,加害者の主観の変化,被害者数の変化,被害者の主観の変化の五つが想定される。最終的に,これらを踏まえた上で,教育現場におけるいじりへの対応,いじめへの対応について議論したい。学級の運営において,いじりは禁止されるべきであろうか。それとも,いじりは推奨されるべきであろうか。もしくは,いじりの中でも良いもの/悪いものを判断する基準を設けて,指導が行われるべきであろうか。こられについて議論するために,関連するコミュニケーションである助言,陰口,愚痴,我慢についても取り上げる予定である。今後に必要となる研究,実践的な取り組みについても提案を行いたい。
ネットコミュニケーションに潜むリスク
黒川雅幸
平成29年度に実施された全国学力・学習状況調査によると,小学校6年生で「携帯電話やスマートフォンを持っていない」と回答した割合は37.7%,中学校3年生では19.6%であった(国立教育政策研究所, 2017)。また,インターネットの利用については,12歳で75.8%,15歳で90.0%と高い利用率が示されている(内閣府, 2018)。子どもにとってスマートフォンやインターネットの利用は身近なものとなっている。一方で,これらを使用したいわゆるネットいじめについては平成29年度に小学校で3,455件,中学校で6,411件,高等学校で2,587件報告されており(文部科学省, 2018),ネットを介したいじめも他のいじめ同様に課題であると考えられる。
仮に,ネットいじめの前段階があるとするならば,ネット上ではどのようなことが観察されるのであろうか。中高生の多くが利用するLINEやTwitterなどの特徴として,表情などのノンバーバルな情報量の乏しさが挙げられる。この乏しさは,送信者の意図したメッセージ通りに受信者が受け取れないという問題を生じやすくしている。さらに,ネットコミュニケーションの同期性は,受信者の状態とは関係なく即時的な返信が期待されている。このような送信者と受信者の認識のズレが関係の不和を招き,いじめへと繋がる可能性はあるだろう。また,大西・本庄・吉武・三島・黒川・吉田 (2014) では,ネットいじめ被害者のコミュニケーションの非対称性あるいはメッセージ受信の少なさを指摘している。いじめの前段階においては,これらの兆候がみられることも予測されるであろう。
これらを踏まえ,ネットいじめを予防していくための対策について情報リテラシー教育や教師が把握しておきたいことについて提案したい。
付 記
本発表の一部はJSPS科研費16K17311の助成を受けたものです。
いじめの認知と発達段階から,学級開きと日常の接し方について
吉澤和真
平成29年度の千葉県公立学校のいじめ認知の件数は小学校で28,951件,中学校で6,267件,高校で448件である。特にここ3年間合計の推移は29,376→31,617→35,833と増加傾向にあり,その中でも特に小学校が6,000件増加している。反対に,中学校では200件減少している。
小・中学校の現場でいじめと呼ばれる事象は必ずと言っていいほど発生する。それは横とのつながりを重視する発達段階からくる要因であり,その事象を完全になくすことはきわめて困難だと考えている。そのため,いじめの軽減および解消に大人としてどう向き合うか,子ども達に説諭していくことが教育現場にいるものとしての関わり方だと考える。
そのなかで,私自身が人間関係作りで重要視していることが以下の3点である。学級開きの方法と学級目標への帰着。日常生活の関わり方と説諭の方法。いじめの認知の方法および解消に向けてのスピード感である。
今回は,私が所属している東葛飾教育事務所の小中学校の取り組みと私自身の実践例を紹介する。いじめを未然に防ぐ手立てとして,少しでも参考にしていただければと思っている。
文部科学省では「いじめについての基本的な認識」として,「どの子どもにも,どの学校においても起こり得る」問題であると明示している。つまり,いじめは特定の属性や状況に限定して起こる特殊なものではなく,人と人とがコミュニケーションをとる場面にはそのリスクが潜み,何らかの契機で起こるものと考えることができる。医学には未病という考え方があるが,学校内外でのさまざまなコミュニケーションにも,その時点ではいじめとは言いきれないかもしれないが,いじめにつながり得るやりとりがあると考えられる。何気ないコミュニケーションに潜むリスクに気づき,それに注意を払うことは,いじめの予防にとって重要なことであろう。本シンポジウムでは,子どもたちの間で行われている日常のコミュニケーションに注目し,それらの行動に潜むいじめのリスクとその予防について考える。ここでは,教育心理学的視点に限定せず,社会心理学や認知科学といった視点から,そして実際の教育現場の視点からも話題提供を行い,指定討論者やフロアとの議論を通して,いじめ防止/対策の糸口を見出す。
具体的には,自身の考えが実際以上に相手に知られている,自身は相手の考えを見抜けていると過大に錯誤する透明性錯覚が,行動の送り手と受け手,それをとりまく人々のそれぞれの行動や認知にどのような影響を及ぼしうるのかについて話題提供をおこなう。つづいて,コミュニケーションにみられる「いじり」を紹介し,素朴概念としてのいじりがいじめとどうつながりうるのかを議論する。また,ネットいじめの変遷を踏まえつつ,ネットコミュニケーションに含まれるリスクについて話題提供をする。さらに,教育現場からの視点として,いじめの認知と発達段階から,学級開きと日常の接し方について話題提供をする。これらの話題提供に対して指定討論者によるコメントを踏まえ,フロアも含めた議論を通じて,日常的なコミュニケーションにはいじめのリスクが含まれる可能性があるということを改めて知るだけではなく,いじめの予防のヒントが得られる場としたい。
他者の心の推測の失敗といじめのリスク
武田美亜
コミュニケーションにズレが生じる要因の1つは,他者の心を推測する際に誰しもが陥る認知的な自己中心性バイアスである。人には,自分の感情や思考が他者に伝わっている程度を実際よりも高く推定する傾向があり,これは(メッセージの)送り手の透明性錯覚と呼ばれる(Gilovich, Savitsky,& Medvec,1998)。また,他者の感情や思考を自分は見抜いていると過大推定する傾向もあり,こちらは受け手の透明性錯覚と呼ばれる(武田・沼崎, 2007)。本発表では,こうした認知バイアスがコミュニケーションのズレをもたらし,悪くするといじめの発生や悪化を誘発するリスクについて,いじめをとりまくいつかの立場別に検討する。
たとえば,誰かをからかうという行動をする者(潜在的加害者)は,その行動が親愛の情を示したつもりのものであり,からかいのターゲット(潜在的被害者)にもそうした意図が伝わっていると過大評価しがちである(Kruger, Gordon, & Kuban, 2006)。潜在的被害者は,被害を受けて「いやだ」という意思表明をした時に,それが本気の拒否だということが相手にきちんと伝わっていると過大評価するであろう。加害者と被害者を取り巻く観衆および傍観者の立場にいる子どもや,保護者や教員といった大人の立場にも透明性錯覚は生じると考えられ,それらもいじめのリスクを高める可能性がある。
なお,本発表はいじめの要因を個人の認知バイアスに帰するものではない。誰もが持つ認知バイアスから生じるちょっとしたコミュニケーションのズレがいじめを発生・悪化させやすい環境を作り出すものとして,そうした環境を作らないための予防や対策を提案したい。
「いじり」が「いじめ」につながる可能性
瀧澤 純
いじめをより早い段階から発見できれば,いじめによる被害を最小限に抑えることができる。住田(2007)においても,犯罪行為にあたるほどの深刻ないじめは,遊びによるいじめを経て発生することが指摘されている。
今回の発表では,初期のいじめとされる状態よりも,さらに前の段階に着目する。そして,一般的にはいじめとは呼ばれていないが,いじめにつながりうるコミュニケーションの例として,「いじり」を取り上げる。いじりは,からかいを間に挟み,いじめとの連続体上でとらえられる可能性がある(望月・澤海・瀧澤・吉澤,2017)。もし,いじりをいじめの前段階として捉えるならば,初期のいじめに対応するよりも早く,かつ,被害が少ない状態で,いじめを解決できる可能性がある。
さらに,従来のいじめに関する研究といじりに関する研究をふまえて,いじめの深刻化のプロセスをいくつかの要素に分けて整理したい。具体的には,加害者数の変化,加害行為の変化,加害者の主観の変化,被害者数の変化,被害者の主観の変化の五つが想定される。最終的に,これらを踏まえた上で,教育現場におけるいじりへの対応,いじめへの対応について議論したい。学級の運営において,いじりは禁止されるべきであろうか。それとも,いじりは推奨されるべきであろうか。もしくは,いじりの中でも良いもの/悪いものを判断する基準を設けて,指導が行われるべきであろうか。こられについて議論するために,関連するコミュニケーションである助言,陰口,愚痴,我慢についても取り上げる予定である。今後に必要となる研究,実践的な取り組みについても提案を行いたい。
ネットコミュニケーションに潜むリスク
黒川雅幸
平成29年度に実施された全国学力・学習状況調査によると,小学校6年生で「携帯電話やスマートフォンを持っていない」と回答した割合は37.7%,中学校3年生では19.6%であった(国立教育政策研究所, 2017)。また,インターネットの利用については,12歳で75.8%,15歳で90.0%と高い利用率が示されている(内閣府, 2018)。子どもにとってスマートフォンやインターネットの利用は身近なものとなっている。一方で,これらを使用したいわゆるネットいじめについては平成29年度に小学校で3,455件,中学校で6,411件,高等学校で2,587件報告されており(文部科学省, 2018),ネットを介したいじめも他のいじめ同様に課題であると考えられる。
仮に,ネットいじめの前段階があるとするならば,ネット上ではどのようなことが観察されるのであろうか。中高生の多くが利用するLINEやTwitterなどの特徴として,表情などのノンバーバルな情報量の乏しさが挙げられる。この乏しさは,送信者の意図したメッセージ通りに受信者が受け取れないという問題を生じやすくしている。さらに,ネットコミュニケーションの同期性は,受信者の状態とは関係なく即時的な返信が期待されている。このような送信者と受信者の認識のズレが関係の不和を招き,いじめへと繋がる可能性はあるだろう。また,大西・本庄・吉武・三島・黒川・吉田 (2014) では,ネットいじめ被害者のコミュニケーションの非対称性あるいはメッセージ受信の少なさを指摘している。いじめの前段階においては,これらの兆候がみられることも予測されるであろう。
これらを踏まえ,ネットいじめを予防していくための対策について情報リテラシー教育や教師が把握しておきたいことについて提案したい。
付 記
本発表の一部はJSPS科研費16K17311の助成を受けたものです。
いじめの認知と発達段階から,学級開きと日常の接し方について
吉澤和真
平成29年度の千葉県公立学校のいじめ認知の件数は小学校で28,951件,中学校で6,267件,高校で448件である。特にここ3年間合計の推移は29,376→31,617→35,833と増加傾向にあり,その中でも特に小学校が6,000件増加している。反対に,中学校では200件減少している。
小・中学校の現場でいじめと呼ばれる事象は必ずと言っていいほど発生する。それは横とのつながりを重視する発達段階からくる要因であり,その事象を完全になくすことはきわめて困難だと考えている。そのため,いじめの軽減および解消に大人としてどう向き合うか,子ども達に説諭していくことが教育現場にいるものとしての関わり方だと考える。
そのなかで,私自身が人間関係作りで重要視していることが以下の3点である。学級開きの方法と学級目標への帰着。日常生活の関わり方と説諭の方法。いじめの認知の方法および解消に向けてのスピード感である。
今回は,私が所属している東葛飾教育事務所の小中学校の取り組みと私自身の実践例を紹介する。いじめを未然に防ぐ手立てとして,少しでも参考にしていただければと思っている。