日本教育心理学会第61回総会

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準備委員会企画 シンポジウム

[準企シ] 準備委員会企画 シンポジウム 5
教育心理学の応用可能性を考える

社会・臨床心理学の基礎研究を題材として

Mon. Sep 16, 2019 9:30 AM - 11:30 AM 3号館 2階 (3205)

企画・話題提供:樫原潤(日本大学・日本学術振興会)
司会:坂本真士(日本大学)
話題提供:正木郁太郎#(東京大学)
指定討論:子安増生(甲南大学)

[準企シ] 教育心理学の応用可能性を考える

社会・臨床心理学の基礎研究を題材として

樫原潤1, 坂本真士2, 正木郁太郎#3, 子安増生4 (1.日本大学・日本学術振興会, 2.日本大学, 3.東京大学, 4.甲南大学)

Keywords:教育心理学の応用、ダイバーシティ・マネジメント、うつ病予防教育

 学問の細分化が進み,それぞれの学問領域が目覚ましい発展を遂げた現代では,「隣の学問領域」のことを理解するのも一苦労だという場合が多い。教育心理学もその例外ではなく,「心理学の他領域」との間に具体的な接点を見出せる機会は狭まってきているように思われる。一方で,現実社会の問題は複雑性が高く,単一の学問領域の手法だけでは扱いきれない場合がほとんどである。研究知見を真に世の中に役立てていくためには,学際的な発想を磨き,複雑な問題に対して多角的にアプローチする力を蓄えることが必要だろう。教育心理学と「隣の学問領域」にどのような接点があり,また教育心理学の理論や観点を「隣の学問領域」の文脈でどのように活用できるのか。本シンポジウムでは,教育心理学の応用可能性について,専門性の垣根を越えて議論する。
 教育心理学の応用可能性を議論するための題材として,本シンポジウムでは,社会心理学(正木)と臨床心理学(樫原)を専門とする若手研究者が自身の研究成果を紹介する。両者は,「職場におけるダイバーシティ・マネジメントの構築」(正木),「うつ病罹患者に対するスティグマ(偏見)の低減」(樫原)といった「現実社会への介入」を目標に掲げ,質問紙調査や心理実験といった基礎研究から一歩踏み出そうとする段階にあり,各々の文脈で「人が教え合い,学び合う」という教育心理学の発想を採り入れる必要性を感じている。当日は,そうした両者が考える「教育心理学の応用可能性」をまず提示する。
 その上で,教育心理学を専門とする指定討論者(子安)がコメントし,各研究の発展に向けて教育心理学の理論や観点をさらに活用する余地がないか討論する。さらに,公認心理師が誕生し,産業・労働分野に心理職が参入することへの社会的要請が高まっていることを踏まえ,「ダイバーシティ・マネジメント」「うつ病予防教育」というトピックについて理解を深めることの意義を俯瞰的に解説する。これらの話題提供と指定討論をもとに,フロアの先生方も含めて,教育心理学の応用可能性について活発に議論していきたい。
以下,各話題提供の概要を示す。

職場のダイバーシティ・マネジメント構築に向けて―社会心理学に基づく協働の意義と課題,教育心理学との連携の可能性―
正木郁太郎
 話題提供者は広義の「教育」の中でも,企業における人材教育に注目した。中でも「ダイバーシティ推進」に関する研究・協働事例をもとに,教育手法の研究が専門ではない社会心理学の研究者だからこそ直面した様々な課題や,それに対する取り組み,今後の多分野連携の余地について議論したい。
 主に組織行動論では,「ダイバーシティ」とは特定の集団に多様な属性の人が一緒にいることを指すと定義される。日本でも2013年頃の「女性活躍推進」の気運の高まり以来,ダイバーシティという概念に対する企業の関心が高まっている。例えば,企業のメンバー(従業員)の多様化が企業になにをもたらすのか(主効果研究),また多様な人が円滑に協働するにはどうすればよいか(調整要因研究),などが代表的な関心である。
 話題提供者も5年ほど様々な企業と連携して調査を行い,上記研究課題に取り組んできた。結果の詳細は当日概説するが,おおまかにいえば,(1)ダイバーシティを高めるだけではコンフリクトなどにつながりうるため,(2)その会社が持つ人材構成などの特徴に見合った組織風土醸成や職務設計があわせて必要であることが示された。
 ただし企業で調査研究を行う場合には,学術的知見に加えて,企業の変革につなげること,言い換えれば「いかにマネジャーや社員を教育し,環境を変えられるか」が求められる。例えば,いかにダイバーシティという概念の理解を社内に浸透させるか,多様な人が働きやすい会社を作るために知恵を出し合う環境をどのように作るか,などが課題となる。これに対して話題提供者は,対象企業の自社データから得られた結果に基づいて社内で対話を行うことで,例えば「ダイバーシティとは女性の登用のことだ」といった短絡的な誤解を解くことや,冷静な議論や対話を促すため環境づくりという重要な役割は果たせてきたと考えている。
 一方で,話題提供者が教育手法や学習などの研究を専門としていないため,取り組みがメカニズムの解明や現状の可視化と共有,啓蒙にとどまり,具体的に現場を変えるための教育(トレーニング)に落とし込むまでには至っていない。しかしこの限界を超えるために,学校と企業というフィールドの差を超えて,広義の「教育」に関する教育心理学の知見を十分に活かしうるのではないかと考えている。こうした内容をもとに,教育心理学のさらなる応用可能性について,他分野や企業現場からの期待にも触れつつ議論を行いたい。

うつ病罹患者へのスティグマをどう低減するか?―教育心理学から「より良い介入」を考える―
樫原 潤
 うつ病罹患者に対して一般の人々が抱くスティグマ(偏見)は,社会生活の様々な場面で罹患者を苦しめる「こころのバリア」として機能している。このスティグマを低減することは,各国のうつ病対策における重要課題として位置付けられている。
話題提供者は,うつ病対策への貢献を目指し,スティグマを低減する介入手法を開発するための研究にこれまで取り組んできた。具体的には,(a)従来の介入研究で用いられてきた質問紙尺度に代わり,潜在連合テストという認知課題を効果評価に用いることで,(b)テキストに基づく簡便なうつ病リテラシー教育だけでは,スティグマがさほど低減しない,という知見を示した。さらに,(c)リテラシー教育に加え,スティグマの反例を積極的に想起する「反ステレオタイプ法」のトレーニングを実施すれば,スティグマが大きく低減することを示した。
上述した話題提供者の研究は,「より良いうつ病教育の開発を目指した研究」と言い換えることができ,研究に含まれる各要素も教育心理学の用語になぞらえて理解することができる。例えば,「認知課題の成績をもとに介入効果を検討する」という要素は,「パフォーマンス課題に基づく学習評価」とよく似たものであると理解できる。また,「簡便なテキスト教材の代わりに,スティグマの反例を想起するトレーニングを用いていく」という介入手法の変遷は,「受動的学習に頼らず,アクティブラーニングをもっと活用する」という学校教育の変遷になぞらえることが可能だろう。
さらに,教育心理学的観点からの考察を深めていくと,スティグマ低減を目的とした研究の限界も浮き彫りになってくる。具体的には,(a)スティグマ低減効果を維持するための長期的な学習計画が整備されていない,(b)「スティグマをなくした先に,どのようなうつ病理解を身につけられると良いのか」という到達目標が必ずしも明確ではない,(c)「学習内容を,現実のうつ病罹患者支援にどうつなげていくか」という活用型学習の視点が欠けている,といった限界が挙げられる。本話題提供では,このように「臨床心理学のスティグマ研究の現状と課題」を教育心理学的に理解していくことを通じて,教育心理学と臨床心理学の意外な接点を見出していきたい。