日本教育心理学会第61回総会

Presentation information

ポスター発表

[PD] ポスター発表 PD(01-68)

Sun. Sep 15, 2019 10:00 AM - 12:00 PM 3号館 1階 (カフェテリア)

在席責任時間
奇数番号10:00~11:00
偶数番号11:00~12:00

[PD18] 学びのパフォーマンスのデザイン(4)

医療現場での具体的なパフォーマンスとしての転移

川名るり1, 有元典文2 (1.日本赤十字看護大学, 2.横浜国立大学)

Keywords:学びのパフォーマンス、転移、看護

はじめに
 学習の転移とは,「ある状況で獲得した知識が後の状況での問題解決や学習につながる現象」(白水, 2012)を指す。看護学教育ではこのような既習の専門知識・技術を新しい具体的状況に持ち運び活用することが本質的に期待されている。
 しかし,臨床現場では看護学教育で期待される学習の転移可能性(「○○科で働いていたのだからここでもいけるだろう」)とのギャップが様々に報告されている。働く場を異動した看護師個人に課題があると見なされ,問題視されるのである。
 看護学の専門化教育制度に関して,状況論の立場から有元(2012)は,Tuomi-Grohnらの行った研究を引用しながら「学習の転移」という概念について論じている。そこでは学習の転移を個人内に起こるものではなく,新しい臨床現場の状況との相互作用によって引き起こされる新たな事態と捉えることを提案している。これは働く場を異動した看護師個人の学習の転移をいかに支援するかという問いを,看護師がよりよく技能を発揮するためにいかに社会的文脈をデザインすべきかを問うことへと発想を転換させる提案と言える。
 学習の転移は未だ解明されていない部分が多いが,働く場を異動した看護師は知識が活用される実践の文脈にどのように参加するのか,どのような状況との相互作用において転移が展開されるのか,事例を観察し説明することは支援を見出す糸口になるのではないかと考えた。本研究はその基礎的研究とし,働く場を異動した看護師の過程としての転移を説明することを目的とした。
方  法
 2017年9月から2018年9月までフィールドワークを実施した。フィールドはA地区に5年ほど前に新設されたB総合病院内の離職者ゼロの小児病棟である。研究参加者は小児病棟の看護師と交流する全ての人々である。データ収集と分析は円環的に進めた。データは文脈的に記述し,印象や疑問,過去の出来事との比較,目的との関連で考察し,知識が活用される場面の相互行為に注目してデータ整理を繰り返した。所属機関の倫理審査委員会とB病院の承認を得て実施した。
結果及び考察
1.理想の看護が展開される協働の場
 病棟のナースステーション近くには医療依存度の高い子どもの入院するC病室があった。看護師は,急変対応が必要な「子どもの命」を守るために,「みんなが知り得た情報を共有すること」が大切だと語っていた。C病室では,様々な職種のスタッフが頻繁に出入りし情報交換し,看護師は協働して理想の看護を目指しながらケアしていた。
 そこで,本研究のフィールドワークはこのC病室に焦点を当てていくことにした。
2.学習の場としての相互行為
 C病室は,異動してきた看護師にとってはこの病棟のやり方や考えを知ることができる場になっており,病棟の古参者にとっては,これまで病棟で行ってきたやり方とは異なる方法を知ることができる場となっていた。互いにとって,知識を得ることができる場となっているようであった。
 また,異動してきた看護師は,既に学んだ技術を新たな状況で単に発揮していくというよりも,そこに参加する看護師らと各々習得している技術を出し合って,この病室で展開されていた病棟の理想の看護を学びながら,即興的にさらに技術を変化させて発揮していくように観察された。
 つまり,この場は単に知識を得るだけにとどまらず,新参者,古参者が互いの考えを出し合って,より良い看護の方法を共同して創造する,即興的な相互学習の場であると考察された。
3.周辺参加からのはじまり
 異動して間もない頃の看護師はC病室を離れた所から眺め,病室との距離を置いていた。しかし,古参者らのC病室の子どもの気持ちを代弁する行為,ケアへの意見を広く取り入れる行為によって,新参者は自分なりにより良い看護の一端を担うことができているという感覚を得ていった。同時に,この病棟で自分を受け入れてもらえている感覚と「前の経験を活かせる」実感にもつながっていた。それに平行して,離れた所から眺める行為が病室内へ,さらには,直接的なケア参加へと実践参加の様相が加速的に変化していくように観察された。
 以上,この病棟へ異動してきた看護師はC病室という病棟の中心的な相互学習の場を通して,周辺からの実践参加を加速させていた。この一連の過程は働く場を異動した看護師の転移の過程と考察できる。さらに,場の観点から見ると,C病室はそこに関わる人々が発達する社会的なパフォーマンスの場(有元,2019)であり,そこでは学びのパフォーマンスが共同して創造していると考察された。
付  記
 JSPS科研費17K12375の助成を受けた。