[PE24] オーセンティック概念に基づく初等統計領域授業の実践研究
児童の能力観の変容に着目して
Keywords:オーセンティック概念、統計、資質・能力
目 的
近年,世界的な動向として,従来のコンテンツ・ベースの学力観から,コンピテンシー(資質・能力)・ベースの学力観へと大きな学力観の転換が見られる。ところが,日本の児童の算数領域に関するコンピテンシー・ベースの学力形成状況については,その問題点を指摘する論考が散見され,概念的理解の深さや,学習の転移可能性といった点に,問題があると指摘される。
コンピテンシー・ベースの学力形成を図る際に,多くの識者が着目し言及するのが「オーセンティック(authentic =真正な)概念」である。奈須(2017)は,このオーセンティック概念に基づく学習を「具体的な文脈や状況を豊かに含みこんだ本物の社会実践への参画として学びをデザインすること」と規定し,先述したコンピテンシー・ベースの学力を形成するための原理の一つであると指摘している(p.14)。
しかし,オーセンティック概念に基づく算数科統計領域の学習や授業に関する実践研究は,管見の及ぶ限り見当たらない。本研究の目的は,算数科統計領域におけるオーセンティック概念に基づく授業を実施し,児童のコンピテンシー・ベースの学力観(特に能力観)に,どのような影響をもたらすのかを実証的に明らかにすることである。
方 法
調査時期 平成31年2月12日から27日まで実施した。
調査対象 都内国立大学附属小学校の3学級の児童(1組:34名,2組:35名,3組:35名,計103名)を対象に行った。
実践授業 小野・梶井(2017)が提案した第3学年「表とグラフ」の3種類の単元計画(真正性・低デザイン,真正性・中デザイン,真正性・高デザイン)を元に,真正性・高デザインにおいてオーセンティック課題に児童が取り組む場面を改訂した授業を行った。授業を行う際には,調査対象である3学級を無作為に,3種類の単元計画のデザインに対応させた。なお,オーセンティック課題は後述の事後調査後,他の2学級も同様に取り組み,単元終了後の学習効果に差が出ないよう配慮した。
質問紙調査 小野・梶井(2018)が作成した「算数科で育むことが期待される能力の評価項目」を元に,調査対象児童にとって難解と考えられる文言を改変し作成した「算数の学習に関する調査」を実施した。なお,児童がオーセンティック課題に取り組むことによる影響の差異を検討するために,この調査は実践授業において,単元を実施する前(事前調査)と,単元中において真正性・高群のみがオーセンティック課題に取り組んだ後(事後調査)に実施した。
結 果
第一に,事前調査及び事後調査での「能力」の評価項目の回答について,それぞれ探索的因子分析を実施した(最尤法,プロマックス回転)。因子分析の結果,事前段階及び事後段階での児童の能力観について,それぞれ3因子を見出した。第二に,「能力」項目の事前,事後調査の縦断的データに対して潜在変数を仮定した共分散構造分析を行った。分析の結果,得られたモデルの主な適合度指標はGFI=0.521,AGFI=0.477,CFI=0.627,RMSEA=0.116であり,モデルの当てはまりが良いとは言えなかった。第三に,事後調査「能力」の因子分析の結果から算出した因子得点を変数にクラスター分析を行った。その結果,調査対象の3学級と得られた4つのクラスターとの間に有意な人数の偏りはみられなかった。
考 察
共分散構造分析の結果から,調査対象児童らがコンピテンシー・ベースの能力観を変容させたことが明らかとなった。一方,調査対象の3学級と得られた4つのクラスターとの間に有意な人数の偏りがみられなかったという結果から,本研究では児童の「能力」に関する学習観の因子構造の変化に対するオーセンティックな初等統計領域の授業の影響が示されなかった。調査対象児童の学齢も鑑みるに,正確な因子構造の変化の要因を捉えるためには,授業過程における児童の学びの姿に見る変容の様相を質的に捉える必要性があると考えられる。
引用文献
奈須正裕(2017).「資質・能力」と学びのメカニズム.東洋館出版社.
小野健太郎・梶井芳明(2017).オーセンティック概念に基づく算数授業デザインの提案 日本教育心理学会第59回発表論文集,465.
小野健太郎・梶井芳明(2018).算数科で求められる「能力」「資質」の評価項目の開発 武蔵野教育學論集,5,61-76.
近年,世界的な動向として,従来のコンテンツ・ベースの学力観から,コンピテンシー(資質・能力)・ベースの学力観へと大きな学力観の転換が見られる。ところが,日本の児童の算数領域に関するコンピテンシー・ベースの学力形成状況については,その問題点を指摘する論考が散見され,概念的理解の深さや,学習の転移可能性といった点に,問題があると指摘される。
コンピテンシー・ベースの学力形成を図る際に,多くの識者が着目し言及するのが「オーセンティック(authentic =真正な)概念」である。奈須(2017)は,このオーセンティック概念に基づく学習を「具体的な文脈や状況を豊かに含みこんだ本物の社会実践への参画として学びをデザインすること」と規定し,先述したコンピテンシー・ベースの学力を形成するための原理の一つであると指摘している(p.14)。
しかし,オーセンティック概念に基づく算数科統計領域の学習や授業に関する実践研究は,管見の及ぶ限り見当たらない。本研究の目的は,算数科統計領域におけるオーセンティック概念に基づく授業を実施し,児童のコンピテンシー・ベースの学力観(特に能力観)に,どのような影響をもたらすのかを実証的に明らかにすることである。
方 法
調査時期 平成31年2月12日から27日まで実施した。
調査対象 都内国立大学附属小学校の3学級の児童(1組:34名,2組:35名,3組:35名,計103名)を対象に行った。
実践授業 小野・梶井(2017)が提案した第3学年「表とグラフ」の3種類の単元計画(真正性・低デザイン,真正性・中デザイン,真正性・高デザイン)を元に,真正性・高デザインにおいてオーセンティック課題に児童が取り組む場面を改訂した授業を行った。授業を行う際には,調査対象である3学級を無作為に,3種類の単元計画のデザインに対応させた。なお,オーセンティック課題は後述の事後調査後,他の2学級も同様に取り組み,単元終了後の学習効果に差が出ないよう配慮した。
質問紙調査 小野・梶井(2018)が作成した「算数科で育むことが期待される能力の評価項目」を元に,調査対象児童にとって難解と考えられる文言を改変し作成した「算数の学習に関する調査」を実施した。なお,児童がオーセンティック課題に取り組むことによる影響の差異を検討するために,この調査は実践授業において,単元を実施する前(事前調査)と,単元中において真正性・高群のみがオーセンティック課題に取り組んだ後(事後調査)に実施した。
結 果
第一に,事前調査及び事後調査での「能力」の評価項目の回答について,それぞれ探索的因子分析を実施した(最尤法,プロマックス回転)。因子分析の結果,事前段階及び事後段階での児童の能力観について,それぞれ3因子を見出した。第二に,「能力」項目の事前,事後調査の縦断的データに対して潜在変数を仮定した共分散構造分析を行った。分析の結果,得られたモデルの主な適合度指標はGFI=0.521,AGFI=0.477,CFI=0.627,RMSEA=0.116であり,モデルの当てはまりが良いとは言えなかった。第三に,事後調査「能力」の因子分析の結果から算出した因子得点を変数にクラスター分析を行った。その結果,調査対象の3学級と得られた4つのクラスターとの間に有意な人数の偏りはみられなかった。
考 察
共分散構造分析の結果から,調査対象児童らがコンピテンシー・ベースの能力観を変容させたことが明らかとなった。一方,調査対象の3学級と得られた4つのクラスターとの間に有意な人数の偏りがみられなかったという結果から,本研究では児童の「能力」に関する学習観の因子構造の変化に対するオーセンティックな初等統計領域の授業の影響が示されなかった。調査対象児童の学齢も鑑みるに,正確な因子構造の変化の要因を捉えるためには,授業過程における児童の学びの姿に見る変容の様相を質的に捉える必要性があると考えられる。
引用文献
奈須正裕(2017).「資質・能力」と学びのメカニズム.東洋館出版社.
小野健太郎・梶井芳明(2017).オーセンティック概念に基づく算数授業デザインの提案 日本教育心理学会第59回発表論文集,465.
小野健太郎・梶井芳明(2018).算数科で求められる「能力」「資質」の評価項目の開発 武蔵野教育學論集,5,61-76.