[PF48] 知的障害特別支援学校における生徒の話し合いと教師の介入の特徴
中学部1年生の係決め授業の事例分析
Keywords:知的障害特別支援学校、話し合い、事例分析
目 的
本研究では,知的障害特別支援学校中学部1年生の1学級を対象として,知的障害生徒の話し合いの特徴と教師の介入の特徴を明らかにする。
生徒が4月に学校に入学すると,学級や行事に関する係を決める活動が行われる。係決めにおける意思決定過程に知的障害生徒が関与することは,係活動を通した学習の効果を高めると考えられる(Cannella et al., 2005)。限られた人数しか担当できない係の場合には,意思を表出した後に他者との話し合いによって協同的に担当者の決定を行う必要がある。このような話し合いでは,理由付けを含む発話や主張の良い点と悪い点を述べる等の議論スキル(Kuhn, 1991)が求められる。しかし,知的障害生徒の中にはそのようなスキルが発達途上である者が多い。従って教師が生徒同士の意見を調整し,生徒にとって満足のいく決定がなされるための会話のマネジメントをすることが求められる。知的障害特別支援学校の教師は,生徒の意見を尊重しながら会話を促すための専門性を有していると考えられ,この特徴を明らかにすることは,特別ニーズを有する生徒がいる集団での話し合いを促すための方法を検討する上で有効であるといえる。
方 法
2017年の4月~5月上旬に,週3~4回の頻度で東京都内の知的障害特別支援学校の中学部1年生の学級を参与観察し,授業の様子をビデオカメラで記録した。学級の構成は知的障害生徒6名(A,B,C,D,E,F)と担任教師2名(PとQ)であった。記録された授業のうち,担当者枠が限定された係に複数の生徒が立候補をしたために話し合いが生じた3回の授業を分析対象とした。授業内容は4月17日は生徒会役員決め,4月25日は運動会の参加賞受け取り担当決め,5月1日は運動会の応援団員決めである。
話し合い場面の生徒と教師の発話の逐語化と話し合いの流れに影響を与えている行動の文字化によってトランスクリプトを作成した。教師か生徒の主張が変化した個所をエピソードの区切りとすることで,11のエピソードを抽出した。トゥールミンの議論パターン(TAP)を参考に,教師と生徒の言動に関する分類コードとして「主張」「根拠」「反駁」を設けた(Osborneら, 2004)。更に,対象授業で複数みられた,他者の意見への賛同を示す「支持」と他者に賛同を求める支持の「要請」を加えた。
トランスクリプト上の話し合いに関係する言動にコードと内容の概要を記した。その後,各エピソードにおける話者同士の意見の関係をコードを用いて図示した。図とトランスクリプトから,知的障害特別支援学校における話し合いの特徴と教師の談話マネジメントの特徴を解釈的に分析した。
結 果
4月17日の話し合いからは3つのエピソードが抽出された(Figure 1)。エピソード1では,生徒がじゃんけんで決めるという主張を行い,教師がそれに対して「本当に?」という疑問を提示することで反駁をするという構図が生じている。エピソード2では,教師は「みんなで選んだ方がいいんじゃない?」という主張を行い,これに対してA,D,Cは「無理」という反駁を行っている。Eは「無理じゃないと思うけどな」と述べてPを支持し,QがEを支持した。エピソード3では,Pは「じゃんけんにしたら(立候補をしていない)Fが関係なくなっちゃうよ」という根拠付きの反駁を行った。これを受けてAとEがPを支持するようになり,その後は投票で担当者が決められた(4月25日と5月1日も同様に分析した)。
考 察
生徒の主張には殆ど根拠が含まれず,話し合いの会話形式はMercer(1995)が初歩的なレベルとする論争的会話と類似するものであった。しかし生徒は,①主張,支持,支持の要請によって集団として意思表示をする,②教師の主張に端的な反駁を行う,③根拠や裏付けを含まないが理由付けの形式を有する主張を行う,という方法で主張を実現させようと試みていた。
教師の発話の特徴は生徒と類似しており,根拠を含む主張と反駁は殆どなされなかった。教師による根拠を含まない主張は生徒の主張を圧倒するものとはならず,生徒が考えを自ら修正したり,生徒が主張を強めたりすることを促していた。3つのエピソードではそれぞれ異なる合意がなされており,このようなオープンエンドな会話は,生徒と教師の議論の形式が合うことで実現されていたと考察された。
本研究では,知的障害特別支援学校中学部1年生の1学級を対象として,知的障害生徒の話し合いの特徴と教師の介入の特徴を明らかにする。
生徒が4月に学校に入学すると,学級や行事に関する係を決める活動が行われる。係決めにおける意思決定過程に知的障害生徒が関与することは,係活動を通した学習の効果を高めると考えられる(Cannella et al., 2005)。限られた人数しか担当できない係の場合には,意思を表出した後に他者との話し合いによって協同的に担当者の決定を行う必要がある。このような話し合いでは,理由付けを含む発話や主張の良い点と悪い点を述べる等の議論スキル(Kuhn, 1991)が求められる。しかし,知的障害生徒の中にはそのようなスキルが発達途上である者が多い。従って教師が生徒同士の意見を調整し,生徒にとって満足のいく決定がなされるための会話のマネジメントをすることが求められる。知的障害特別支援学校の教師は,生徒の意見を尊重しながら会話を促すための専門性を有していると考えられ,この特徴を明らかにすることは,特別ニーズを有する生徒がいる集団での話し合いを促すための方法を検討する上で有効であるといえる。
方 法
2017年の4月~5月上旬に,週3~4回の頻度で東京都内の知的障害特別支援学校の中学部1年生の学級を参与観察し,授業の様子をビデオカメラで記録した。学級の構成は知的障害生徒6名(A,B,C,D,E,F)と担任教師2名(PとQ)であった。記録された授業のうち,担当者枠が限定された係に複数の生徒が立候補をしたために話し合いが生じた3回の授業を分析対象とした。授業内容は4月17日は生徒会役員決め,4月25日は運動会の参加賞受け取り担当決め,5月1日は運動会の応援団員決めである。
話し合い場面の生徒と教師の発話の逐語化と話し合いの流れに影響を与えている行動の文字化によってトランスクリプトを作成した。教師か生徒の主張が変化した個所をエピソードの区切りとすることで,11のエピソードを抽出した。トゥールミンの議論パターン(TAP)を参考に,教師と生徒の言動に関する分類コードとして「主張」「根拠」「反駁」を設けた(Osborneら, 2004)。更に,対象授業で複数みられた,他者の意見への賛同を示す「支持」と他者に賛同を求める支持の「要請」を加えた。
トランスクリプト上の話し合いに関係する言動にコードと内容の概要を記した。その後,各エピソードにおける話者同士の意見の関係をコードを用いて図示した。図とトランスクリプトから,知的障害特別支援学校における話し合いの特徴と教師の談話マネジメントの特徴を解釈的に分析した。
結 果
4月17日の話し合いからは3つのエピソードが抽出された(Figure 1)。エピソード1では,生徒がじゃんけんで決めるという主張を行い,教師がそれに対して「本当に?」という疑問を提示することで反駁をするという構図が生じている。エピソード2では,教師は「みんなで選んだ方がいいんじゃない?」という主張を行い,これに対してA,D,Cは「無理」という反駁を行っている。Eは「無理じゃないと思うけどな」と述べてPを支持し,QがEを支持した。エピソード3では,Pは「じゃんけんにしたら(立候補をしていない)Fが関係なくなっちゃうよ」という根拠付きの反駁を行った。これを受けてAとEがPを支持するようになり,その後は投票で担当者が決められた(4月25日と5月1日も同様に分析した)。
考 察
生徒の主張には殆ど根拠が含まれず,話し合いの会話形式はMercer(1995)が初歩的なレベルとする論争的会話と類似するものであった。しかし生徒は,①主張,支持,支持の要請によって集団として意思表示をする,②教師の主張に端的な反駁を行う,③根拠や裏付けを含まないが理由付けの形式を有する主張を行う,という方法で主張を実現させようと試みていた。
教師の発話の特徴は生徒と類似しており,根拠を含む主張と反駁は殆どなされなかった。教師による根拠を含まない主張は生徒の主張を圧倒するものとはならず,生徒が考えを自ら修正したり,生徒が主張を強めたりすることを促していた。3つのエピソードではそれぞれ異なる合意がなされており,このようなオープンエンドな会話は,生徒と教師の議論の形式が合うことで実現されていたと考察された。