[PH04] うつ病の親を持つ子どもがヤングケアラー化し精神疾患を発症する場合
Keywords:ヤングケアラー、うつ病の親を持つ子ども、複線径路・等至性モデル
問題と目的
障害や慢性疾患,精神保健上の問題などを抱える家族メンバーに対し,ケアや援助,支援を提供している18歳未満の子どもと若者であって,恒常的に家族メンバーの重大あるいは相当なケアに従事し,通常は大人が負うとされるようなレベルの責任を引き受けている者をヤングケアラー(young carer:YC)という(Becker, 2000)。11歳から15歳までのYCの25%は教育上の問題を抱えており,これはケアへの従事により友人との交流や勉強に充分な時間を費やすことができないことによるとの報告がある(Dearden & Becker, 2004)。筆者は,精神科心理臨床のなかで,子ども期にうつ病の親に対するかなりの量のケアを担う経験をし現在は自身が精神疾患を発症した成人たちに出会った。うつ病の親を持つ子どもにとって,YC体験が後の不適応の発現に関与する複数の影響要因のひとつであるとするなら,子どものYC化と不適応の発現プロセスを明らかにすることが喫緊の課題である。そのため本研究は,上記のプロセスを明らかにしたうえで,うつ病の親のケアに関わる子どもたちの不適応の発現を予防するための効果的な介入とはいかなるものかを考察することを目的とする。
方 法
対象者は,X-5年からX年までに首都圏の精神科病院においてカウンセリングを行った男女5名で,学術研究のための事例提供に同意し,かつ18歳未満の子ども期にうつ病の親のケアを担う体験をし,現在は自らが精神疾患を発症しその治療を継続している成人であった。各対象者の面接の全記録から,“うつ病の親のケアをめぐる体験”に関するものを抽出し,“親がうつ病になってから自身が精神疾患を発症するまで”のナラティブを作成し,これらを複線径路・等至性モデル(Trajectory Equifinality Model: TEM)(サトウ,2009)で分析した。本研究の開始にあたっては,当該病院内倫理委員会の承認を得た。
結果と考察
分析の結果,親がうつ病になると,子どもは親の変化に動揺し親の治癒を切望することから親のケアに関わるようになり,その献身を周囲から肯定的に評価され自己効力感を得ることで親へのケア提供行動量を増大させることが明らかとなった。そのうえ親の病状悪化や家庭の危機にあうと,子どもはその対処行動のためにますますケアに従事するようになり,YCとなることが示された。やがて子どもは心理社会的不適応を呈しサポートを求めるが,有効なサポートに繋がらず孤独感を深めてゆき,精神疾患を発症することが示された。一方で,親の自傷行為や両親の不和を目の当たりにしないことや,親のケアに対する責任を自分ひとりで背負い込まないこと,有効な助けの得られる窓口に関する情報を得てそこに相談できることによって,YCのケア行動の増大を防ぐことが可能であることも示された。
以上から,当該の子どもが,いつでも自分の手の届くところに自分自身や家族にとって有効な助けが存在すると認識できる環境を構築することの必要性を考察した。それには,親のうつ病治療を担う医療機関における家族に対する心理教育の推進,家族と子どもを含めたチームカンファレンスの継続実施,子どもの生活の観察によるそのケア提供行動量の把握,医療機関で得られる情報を教育機関で共有することによる子ども個人の問題の背景に存在する家庭の要因の可視化が求められる。以上のような,多機関連携を軸とした環境を構築することで,子どものケア提供行動の過剰な増大を阻止し,子どもの情緒の安定に寄与するソーシャルサポートを充実させることが重要性であり,これらによりうつ病の親を持つ子どもへの効果的な介入が可能となることを考察した。
文 献
Becker,S. (2000). ‘Young carers’, in M Davies, (Ed) The Blackwell Encyclopedia of Social Work. Oxford: Blackwells, p.378./安田裕子・サトウタツヤ(編著)(2012). TEMでわかる人生の径路–質的研究の新展開. 誠信書房./Dearden, C. & Becker, S. (2004). Young carersin the UK: The 2004 Report. London: Carers UK.
付 記
本研究は,2019年2月に刊行された一般社団法人日本心理臨床学会『心理臨床学研究』第36巻第6号に掲載されています。
障害や慢性疾患,精神保健上の問題などを抱える家族メンバーに対し,ケアや援助,支援を提供している18歳未満の子どもと若者であって,恒常的に家族メンバーの重大あるいは相当なケアに従事し,通常は大人が負うとされるようなレベルの責任を引き受けている者をヤングケアラー(young carer:YC)という(Becker, 2000)。11歳から15歳までのYCの25%は教育上の問題を抱えており,これはケアへの従事により友人との交流や勉強に充分な時間を費やすことができないことによるとの報告がある(Dearden & Becker, 2004)。筆者は,精神科心理臨床のなかで,子ども期にうつ病の親に対するかなりの量のケアを担う経験をし現在は自身が精神疾患を発症した成人たちに出会った。うつ病の親を持つ子どもにとって,YC体験が後の不適応の発現に関与する複数の影響要因のひとつであるとするなら,子どものYC化と不適応の発現プロセスを明らかにすることが喫緊の課題である。そのため本研究は,上記のプロセスを明らかにしたうえで,うつ病の親のケアに関わる子どもたちの不適応の発現を予防するための効果的な介入とはいかなるものかを考察することを目的とする。
方 法
対象者は,X-5年からX年までに首都圏の精神科病院においてカウンセリングを行った男女5名で,学術研究のための事例提供に同意し,かつ18歳未満の子ども期にうつ病の親のケアを担う体験をし,現在は自らが精神疾患を発症しその治療を継続している成人であった。各対象者の面接の全記録から,“うつ病の親のケアをめぐる体験”に関するものを抽出し,“親がうつ病になってから自身が精神疾患を発症するまで”のナラティブを作成し,これらを複線径路・等至性モデル(Trajectory Equifinality Model: TEM)(サトウ,2009)で分析した。本研究の開始にあたっては,当該病院内倫理委員会の承認を得た。
結果と考察
分析の結果,親がうつ病になると,子どもは親の変化に動揺し親の治癒を切望することから親のケアに関わるようになり,その献身を周囲から肯定的に評価され自己効力感を得ることで親へのケア提供行動量を増大させることが明らかとなった。そのうえ親の病状悪化や家庭の危機にあうと,子どもはその対処行動のためにますますケアに従事するようになり,YCとなることが示された。やがて子どもは心理社会的不適応を呈しサポートを求めるが,有効なサポートに繋がらず孤独感を深めてゆき,精神疾患を発症することが示された。一方で,親の自傷行為や両親の不和を目の当たりにしないことや,親のケアに対する責任を自分ひとりで背負い込まないこと,有効な助けの得られる窓口に関する情報を得てそこに相談できることによって,YCのケア行動の増大を防ぐことが可能であることも示された。
以上から,当該の子どもが,いつでも自分の手の届くところに自分自身や家族にとって有効な助けが存在すると認識できる環境を構築することの必要性を考察した。それには,親のうつ病治療を担う医療機関における家族に対する心理教育の推進,家族と子どもを含めたチームカンファレンスの継続実施,子どもの生活の観察によるそのケア提供行動量の把握,医療機関で得られる情報を教育機関で共有することによる子ども個人の問題の背景に存在する家庭の要因の可視化が求められる。以上のような,多機関連携を軸とした環境を構築することで,子どものケア提供行動の過剰な増大を阻止し,子どもの情緒の安定に寄与するソーシャルサポートを充実させることが重要性であり,これらによりうつ病の親を持つ子どもへの効果的な介入が可能となることを考察した。
文 献
Becker,S. (2000). ‘Young carers’, in M Davies, (Ed) The Blackwell Encyclopedia of Social Work. Oxford: Blackwells, p.378./安田裕子・サトウタツヤ(編著)(2012). TEMでわかる人生の径路–質的研究の新展開. 誠信書房./Dearden, C. & Becker, S. (2004). Young carersin the UK: The 2004 Report. London: Carers UK.
付 記
本研究は,2019年2月に刊行された一般社団法人日本心理臨床学会『心理臨床学研究』第36巻第6号に掲載されています。