[研企シ] 教育実践における心理学者の役割
学校教育実践に教育心理学者はどのように貢献するのか?
Keywords:インクルーシブ教育、ポジティブ行動支援、スクールカウンセリング
企画意図
日本教育心理学会会員による学校教育現場への貢献内容は,個人の教育実践のとらえ方や研究スタイルによって大きく異なる。そして,それに対応して,学校教育への貢献の意義は異なっている。近年の学校教育では多くの課題が叫ばれているが,その課題解決のためには,個々の教育心理学者が,課題解決への貢献スタイルを明確にすることは必要である。昨年(2018年)のシンポジウムでは,基礎研究,授業研究,臨床研究及び学級集団研究というそれぞれの領域における学校教育への貢献の例を4名のシンポジストに示していただいた。それぞれの領域において,学校教育における多様な貢献のあることを知ることができた。そして,それぞれの研究スタイルに応じた貢献の可能性が示唆された。
本シンポジウムは,昨年に引き続き,教育心理学者が学校教育への貢献の例を取り上げるが,本年度は,学校教育現場との関わりが多い3名のシンポジストに,学校教育現場においてどのような立場で研究をしているのか,具体的にどのような提案を行っているのか,そして,どのような反響があるのかを紹介してもらうことにした。学校教育現場における研究スタイル及び貢献のモデルを示すことによる学会員の学校教育における研究能力の向上を目的とするものである。
インクルーシブ教育を推進するための学級経営の在り方
深沢和彦
PDCAサイクルの教育実践は今やスタンダードである。経験と勘に頼る教育実践から,検査や調査等の客観的な根拠(エビデンス)に基づく教育実践へと変化したのである。我々,研究者の専門性は,まさにこのエビデンスの提供とそれに基づくコンサルテーションに活かされると考えている。コンサルテーションでは,こちらから一方的に答えを与えるようなことはしない。それが有益ではないことが分かっているからである。得られたデータから課題を可視化して見えるようにしたり,それまでとは違った角度から見えるようにしたり,成果の程度を見えるようにしたりすることに徹している。「見えた」教師は,自分で対応策を選択することができるからである。
通常学級におけるインクルーシブ教育には,学級集団を育てつつ,その中で適切な個別支援をしていくことに難しさがあり,教師もその指導を受ける子どもたちも辛い状況に追い込まれている。共生社会の実現という崇高な理念は提示されるが,集団づくりをしながら,その中でどうやって個の困っている状態に対応していけばよいのか具体的な方法がしめされておらず,混乱しているのが現状である。
本話題提供者は,特別支援対象児が学級に位置付き,意欲をもって学校生活を送っている学級,つまりインクルーシブ教育が高い次元で成立している小学校通常学級の担任教師からの聴き取りと学級観察から,鍵になる指導行動があることを見出し,尺度を作成した。鍵となる指導行動とは,教師が代弁者,通訳となり,学級集団(小さな社会)と対象児をつなぐ、アドボカシー(権利の弁護、擁護)である。インクルーシブ教育が目指そうとする共生社会を実現するためのキーワードは,「多様性(ダイバーシティ)の尊重」である。多様性を認め合うには,相互理解が必要であるが,メンバー間に考え方や言語の相違があれば,相互理解の大きな障壁となってしまう。この障壁を乗り越えられる程度にまで下げてあげる役割を誰かが果たさなければならない。学級内でこの役割を果たすアドボケイトは担任教師以外にいないのである。決して対象児の支援のために学級づくりを進めるのではない。集団になじみにくい対象児を受け容れることができた集団は,「多様性を尊重し,協働する」という大切な資質を身に付けることができるのである。共生社会は、まず共生学級づくりからである。
本シンポジウムでは,学級アセスメントの中に教師によるアドボカシーのデータを加え,学級経営コンサルテーションを実施した取組の経過及び,成果と課題を紹介する。そこで,学校教育実践に教育心理学の研究がどのように貢献できるのかを改めて考えてみたい。
学校規模で実施するポジティブ行動支援(SWPBS)の理論・実践・成果
大久保賢一
いわゆる「発達障害」は児童生徒の行動問題の直接的な原因ではない。もちろん,子ども本人の遺伝的・生得的な特性(例えば,刺激に対する過敏性や過剰選択性など)が,間接的に本人の不適応に影響する可能性は考えられる。しかし,行動問題の直接的な原因は,その時点における環境の在り方に,そして児童生徒と環境との相互作用との履歴にある。
したがって,行動問題を解決するためには,児童生徒に対してのみ介入を行い,子ども本人の行動変容を促すだけでは不十分である。児童生徒の適応を支援するためには、行動と環境の相互作用,つまり行動随伴性そのものに介入する必要があり,そこには児童生徒だけではなく、必要に応じて「学校を変えること」も含まれることになる。
米国を中心に海外で最も大規模な成果が報告されている実践モデルの1つがSWPBSである。SWPBSは,1)測定可能な学業面、社会面の成果,2)効果的な行動論的介入に関する意志決定と選択を導く情報とデータ,3)児童生徒の学業と社会的行動の成功を支えるエビデンスに基づく介入,4)実践の正確性と持続性を高めるためにデザインされたシステムのサポート,という4つの要素から成る(Sugai & Horner, 2002; Sugai & Horner, 2009)。
さらにSWPBSの特徴として,1)その理論的・概念的基盤は応用行動分析学に密接に関連している,2)3層から成る予防を強調する支援の連続体を構築する,3)対象が全校児童生徒であっても特定の児童生徒個人であっても,社会的な行動を教えることが優先される,4)エビデンスや研究成果に基づいた実践が選択され適用される,5)システムの視点を取り入れ,地域における人材の能力や専門性を養成する,6)実践が計画通りに実行されているかどうか,あるいはその実践がポジティブな効果を示しているかどうかを判断するためにデータを活用する,という6つをあげることができる(Sugai & Horner,2009)。
日本においてはまだ厳密な効果測定が行われた研究は報告されていないが,米国においては,ランダム化比較試験による比較的大規模な効果検討がいくつか報告されている。例えば,Hornerら(2009)は,SWPBSを実施した群で,SWPBSの実行度,学校安全度の関する尺度,懲戒の数,読みスキルのスコアのいずれも改善したことを報告している。また,Tracyら(2012)は,SWPBSを実施した群で,いじめや仲間はずれが減少したことを報告している。
今後,日本においてSWPBSの実践を洗練させ普及させていくためには,いくつもの解決しなければならない課題があるが,本シンポジウムにおいては,これまでの成果と今後の課題について,具体的な研究と実践を振り返りながら議論を重ねたい。
スクール・カウンセリングにおける教育心理学研究の活用
牧 郁子
本話題提供者は小学生・中学生の無気力感の仕組みに関わる量的研究に携わってきた。その一方で,小中学校のスクール・カウンセラーとして,児童生徒・保護者を対象とした教育相談的支援,および教員へのコンサルテーション・研修なども行ってきた。
現在の研究テーマは「保護者との情動交流と小学生の無気力感」であるが,この研究テーマに至ったきっかけは,日々現場で関わっていた児童生徒の事例であった。具体的には,関わる事例で「家庭で本音を言えていない子ども」「自分の気持ちを言葉にできず,身体症状化する子ども」が増え,危機感を持ったことがきかっけであった。こうした事例については,子どもの感情の社会化不全(大河原,2004)や物語れない子ども(鍋田,2007)として言及されており,問題行動・不登校・無気力感などへの影響要因として示唆されている。
以上を踏まえて,子どもの保護者へのポジティブ・ネガティブ情動の送信と,保護者における子どものポジティブ・ネガティブ情動の受信が,小学生の無気力感どう影響するかについて,統計的に検討した(牧,2016)。その結果,ポジティブ情動の送受信がなされている,あるいはネガティブ情動を送信できている子どもは,ストレス事態における対処行動の自信があり,随伴経験を認知しやすく,無気力感が低くなる可能性が示唆された。またネガティブ情動を受信されている子どもは,思考の偏りが低く,非随伴経験を認知しにくく,無気力感が低くなる可能性も併せて示唆された。
現在中学校のカウンセラーとして活動にしているが,「大人にとってのいい子」を児童期まで頑張ってきた子どもが,中学校で無気力や身体症状により不登校に至る事例が多い。こうした事例を見立て,教員・保護者へその状況を説明し,子どもへ支援する際に,先の研究で得られた知見を一般的にわかりやすい表現に変えて伝え,子どもの状況に合わせた感情の社会化支援を行っている。
また無気力への予防・対処的支援として,保護者向けの講演を実施した。具体的には,研究で明らかになった子どもの無気力感のしくみに関して図解的に説明し,Faber & Mazlish (2012)を参考に作成したワークシートとロールプレイングを通じて,子どもの気持ちを引きだす聴き方について講演した。課題として,ロールプレイングや意見交換への戸惑いや抵抗感が散見された。今後は日本の保護者が安心して取り組める形式を検討する必要がある。一方教員研修では,関連する保護者・子ども事例を紹介しながら子どもの無気力について解説した。その上で,Faber & Mazlish (2012)に基づく,教員としての子どもの気持ちの引き出し方について具体的に説明した。教員研修という時間的制約上,心理教育のみの実施となったため,今後はワークショップ的要素も適宜取り入れ,体験的理解を引き出す工夫も必要であると考える。
日本教育心理学会会員による学校教育現場への貢献内容は,個人の教育実践のとらえ方や研究スタイルによって大きく異なる。そして,それに対応して,学校教育への貢献の意義は異なっている。近年の学校教育では多くの課題が叫ばれているが,その課題解決のためには,個々の教育心理学者が,課題解決への貢献スタイルを明確にすることは必要である。昨年(2018年)のシンポジウムでは,基礎研究,授業研究,臨床研究及び学級集団研究というそれぞれの領域における学校教育への貢献の例を4名のシンポジストに示していただいた。それぞれの領域において,学校教育における多様な貢献のあることを知ることができた。そして,それぞれの研究スタイルに応じた貢献の可能性が示唆された。
本シンポジウムは,昨年に引き続き,教育心理学者が学校教育への貢献の例を取り上げるが,本年度は,学校教育現場との関わりが多い3名のシンポジストに,学校教育現場においてどのような立場で研究をしているのか,具体的にどのような提案を行っているのか,そして,どのような反響があるのかを紹介してもらうことにした。学校教育現場における研究スタイル及び貢献のモデルを示すことによる学会員の学校教育における研究能力の向上を目的とするものである。
インクルーシブ教育を推進するための学級経営の在り方
深沢和彦
PDCAサイクルの教育実践は今やスタンダードである。経験と勘に頼る教育実践から,検査や調査等の客観的な根拠(エビデンス)に基づく教育実践へと変化したのである。我々,研究者の専門性は,まさにこのエビデンスの提供とそれに基づくコンサルテーションに活かされると考えている。コンサルテーションでは,こちらから一方的に答えを与えるようなことはしない。それが有益ではないことが分かっているからである。得られたデータから課題を可視化して見えるようにしたり,それまでとは違った角度から見えるようにしたり,成果の程度を見えるようにしたりすることに徹している。「見えた」教師は,自分で対応策を選択することができるからである。
通常学級におけるインクルーシブ教育には,学級集団を育てつつ,その中で適切な個別支援をしていくことに難しさがあり,教師もその指導を受ける子どもたちも辛い状況に追い込まれている。共生社会の実現という崇高な理念は提示されるが,集団づくりをしながら,その中でどうやって個の困っている状態に対応していけばよいのか具体的な方法がしめされておらず,混乱しているのが現状である。
本話題提供者は,特別支援対象児が学級に位置付き,意欲をもって学校生活を送っている学級,つまりインクルーシブ教育が高い次元で成立している小学校通常学級の担任教師からの聴き取りと学級観察から,鍵になる指導行動があることを見出し,尺度を作成した。鍵となる指導行動とは,教師が代弁者,通訳となり,学級集団(小さな社会)と対象児をつなぐ、アドボカシー(権利の弁護、擁護)である。インクルーシブ教育が目指そうとする共生社会を実現するためのキーワードは,「多様性(ダイバーシティ)の尊重」である。多様性を認め合うには,相互理解が必要であるが,メンバー間に考え方や言語の相違があれば,相互理解の大きな障壁となってしまう。この障壁を乗り越えられる程度にまで下げてあげる役割を誰かが果たさなければならない。学級内でこの役割を果たすアドボケイトは担任教師以外にいないのである。決して対象児の支援のために学級づくりを進めるのではない。集団になじみにくい対象児を受け容れることができた集団は,「多様性を尊重し,協働する」という大切な資質を身に付けることができるのである。共生社会は、まず共生学級づくりからである。
本シンポジウムでは,学級アセスメントの中に教師によるアドボカシーのデータを加え,学級経営コンサルテーションを実施した取組の経過及び,成果と課題を紹介する。そこで,学校教育実践に教育心理学の研究がどのように貢献できるのかを改めて考えてみたい。
学校規模で実施するポジティブ行動支援(SWPBS)の理論・実践・成果
大久保賢一
いわゆる「発達障害」は児童生徒の行動問題の直接的な原因ではない。もちろん,子ども本人の遺伝的・生得的な特性(例えば,刺激に対する過敏性や過剰選択性など)が,間接的に本人の不適応に影響する可能性は考えられる。しかし,行動問題の直接的な原因は,その時点における環境の在り方に,そして児童生徒と環境との相互作用との履歴にある。
したがって,行動問題を解決するためには,児童生徒に対してのみ介入を行い,子ども本人の行動変容を促すだけでは不十分である。児童生徒の適応を支援するためには、行動と環境の相互作用,つまり行動随伴性そのものに介入する必要があり,そこには児童生徒だけではなく、必要に応じて「学校を変えること」も含まれることになる。
米国を中心に海外で最も大規模な成果が報告されている実践モデルの1つがSWPBSである。SWPBSは,1)測定可能な学業面、社会面の成果,2)効果的な行動論的介入に関する意志決定と選択を導く情報とデータ,3)児童生徒の学業と社会的行動の成功を支えるエビデンスに基づく介入,4)実践の正確性と持続性を高めるためにデザインされたシステムのサポート,という4つの要素から成る(Sugai & Horner, 2002; Sugai & Horner, 2009)。
さらにSWPBSの特徴として,1)その理論的・概念的基盤は応用行動分析学に密接に関連している,2)3層から成る予防を強調する支援の連続体を構築する,3)対象が全校児童生徒であっても特定の児童生徒個人であっても,社会的な行動を教えることが優先される,4)エビデンスや研究成果に基づいた実践が選択され適用される,5)システムの視点を取り入れ,地域における人材の能力や専門性を養成する,6)実践が計画通りに実行されているかどうか,あるいはその実践がポジティブな効果を示しているかどうかを判断するためにデータを活用する,という6つをあげることができる(Sugai & Horner,2009)。
日本においてはまだ厳密な効果測定が行われた研究は報告されていないが,米国においては,ランダム化比較試験による比較的大規模な効果検討がいくつか報告されている。例えば,Hornerら(2009)は,SWPBSを実施した群で,SWPBSの実行度,学校安全度の関する尺度,懲戒の数,読みスキルのスコアのいずれも改善したことを報告している。また,Tracyら(2012)は,SWPBSを実施した群で,いじめや仲間はずれが減少したことを報告している。
今後,日本においてSWPBSの実践を洗練させ普及させていくためには,いくつもの解決しなければならない課題があるが,本シンポジウムにおいては,これまでの成果と今後の課題について,具体的な研究と実践を振り返りながら議論を重ねたい。
スクール・カウンセリングにおける教育心理学研究の活用
牧 郁子
本話題提供者は小学生・中学生の無気力感の仕組みに関わる量的研究に携わってきた。その一方で,小中学校のスクール・カウンセラーとして,児童生徒・保護者を対象とした教育相談的支援,および教員へのコンサルテーション・研修なども行ってきた。
現在の研究テーマは「保護者との情動交流と小学生の無気力感」であるが,この研究テーマに至ったきっかけは,日々現場で関わっていた児童生徒の事例であった。具体的には,関わる事例で「家庭で本音を言えていない子ども」「自分の気持ちを言葉にできず,身体症状化する子ども」が増え,危機感を持ったことがきかっけであった。こうした事例については,子どもの感情の社会化不全(大河原,2004)や物語れない子ども(鍋田,2007)として言及されており,問題行動・不登校・無気力感などへの影響要因として示唆されている。
以上を踏まえて,子どもの保護者へのポジティブ・ネガティブ情動の送信と,保護者における子どものポジティブ・ネガティブ情動の受信が,小学生の無気力感どう影響するかについて,統計的に検討した(牧,2016)。その結果,ポジティブ情動の送受信がなされている,あるいはネガティブ情動を送信できている子どもは,ストレス事態における対処行動の自信があり,随伴経験を認知しやすく,無気力感が低くなる可能性が示唆された。またネガティブ情動を受信されている子どもは,思考の偏りが低く,非随伴経験を認知しにくく,無気力感が低くなる可能性も併せて示唆された。
現在中学校のカウンセラーとして活動にしているが,「大人にとってのいい子」を児童期まで頑張ってきた子どもが,中学校で無気力や身体症状により不登校に至る事例が多い。こうした事例を見立て,教員・保護者へその状況を説明し,子どもへ支援する際に,先の研究で得られた知見を一般的にわかりやすい表現に変えて伝え,子どもの状況に合わせた感情の社会化支援を行っている。
また無気力への予防・対処的支援として,保護者向けの講演を実施した。具体的には,研究で明らかになった子どもの無気力感のしくみに関して図解的に説明し,Faber & Mazlish (2012)を参考に作成したワークシートとロールプレイングを通じて,子どもの気持ちを引きだす聴き方について講演した。課題として,ロールプレイングや意見交換への戸惑いや抵抗感が散見された。今後は日本の保護者が安心して取り組める形式を検討する必要がある。一方教員研修では,関連する保護者・子ども事例を紹介しながら子どもの無気力について解説した。その上で,Faber & Mazlish (2012)に基づく,教員としての子どもの気持ちの引き出し方について具体的に説明した。教員研修という時間的制約上,心理教育のみの実施となったため,今後はワークショップ的要素も適宜取り入れ,体験的理解を引き出す工夫も必要であると考える。