日本地質学会第128年学術大会

講演情報

口頭発表

R9[レギュラー]堆積

[1ch201-02] R9[レギュラー]堆積

2021年9月4日(土) 08:00 〜 08:45 第2 (第2)

座長:松本 弾

08:15 〜 08:45

[R9-O-2] (招待講演/ハイライト)メコンデルタ海岸の堆積・侵食作用への人間活動の影響

*田村 亨1,2 (1. 産業技術総合研究所地質調査総合センター、2. 東京大学新領域創成科学研究科)

世話人からのハイライト紹介:本発表では,現在のメコンデルタは時空間的に多様な堆積・侵食作用を受けた過程を経て形成されていることを,最新の手法を用いた解析結果から示している.さらに,堆積・侵食作用に対する人間活動の影響を把握するためには,浅海域を含む広範囲の継続的なモニタリングが必要であることを指摘している.これは,近年のメコン川流域における人間活動とメコンデルタの縮小傾向とを安易に結び付ける考え方に一石を投じるものである.参考:ハイライトについて
東南アジアのメコン河は6か国を流れ下る世界有数の国際河川である.流域では6000万人の人口を抱え,今後さらなる経済成長が見込まれる.メコン河最下流のメコンデルタでは,過去30年間に水力発電・灌漑を目的とした河川ダムや川砂採取などの影響による深刻な土砂不足で海岸侵食が発生し,2005年以降には面積が縮小を始めたとされている.完新世において年間約5平方kmの速度で拡大してきたメコンデルタでは面積の縮小は異常事態である.ただし海岸の堆積・侵食作用には空間的・時間的な多様性があり,そうした観点からの海岸侵食,およびその人間活動との関連についての検討は十分ではない.ここでは,地層・地形形成過程や詳細な年代測定をふまえ,これらの観点からのメコンデルタ海岸の堆積・侵食作用についての見解を述べる. メコンデルタは河川,潮汐,波浪の3つのプロセスがバランスよく作用するデルタの典型例と考えられているが,実際には場所によりプロセスの相対的な寄与が異なる. 分岐流路は潮汐-河川遷移帯であり,河口近傍の海岸は潮位変動の影響を受けた波浪と河川との相互作用,デルタ南西部のカマウ半島では波浪と潮流による南西への泥の沿岸漂流が卓越する.さらに,雨季に多量の土砂が河口に流出し乾季に北東の強い季節風が波向を変える,モンスーンの影響が顕著である.海岸侵食はこの複雑な海岸システムの中で均一に起こっているわけではない.砂の多い河口域では堆積量が減少してものの侵食傾向には至っていない一方,カマウ半島の泥質海岸は大幅に侵食されており,合計としてデルタ平野の面積の縮小が認められる. 河口域では,河口砂州が海岸の数km沖合に成長し,それを核として海岸線が不連続に移動する現象が200年から600年の周期で過去2500年間繰り返されてきた.これは,海岸の土砂収支の見積りには,海岸線のマッピングとデルタ平野面積の評価では不十分で,浅海底の測深調査も必要なことを示している.カマウ半島の大幅な侵食は過去100年間にわたって続いており,近年の流域での河川ダムや川砂採取ではなく,土地利用の変化や三角州での運河網の構築などの影響が考えられる.このように堆積・侵食作用の複雑さや長期的傾向をふまえると,メコンデルタの海岸侵食を最近30年間の人間活動に単純に結びつける従来の見解には大きな疑問が残る.その一方で,ダムの河川流量に対する影響はメコン河上流域の巨大ダムの完成により2012年以降に強まっており,また川砂採取による分岐流路の地形変化が塩水くさびの挙動や堆積物運搬に影響するなど,人間活動の影響は,むしろ今後加速することが予測される.こうしたことから継続的なモニタリングを行い,メコンデルタ海岸の堆積・侵食作用のさらなる理解に努める必要がある.