11:15 AM - 11:30 AM
[R10-O-4] Interpretation of stalagmite oxygen isotopes: case studies from Japan
Keywords:Stalagmite, Oxygen isotopes, Paleoclimate
石筍は陸域古気候記録媒体として優れている。U-Th同位体による正確な年代モデルを基盤に,石筍の同位体・微量元素記録は過去50年間の気候変動を反映すると思われるパターンを提示してきた。中でも酸素同位体の記録は世界中から報告されており,氷期/間氷期のパターン,1000年スケール変動,北半球と南半球の対称性などが後期第四紀のモンスーン降水強度により説明されている。原理的には石筍方解石の酸素同位体比は滴下水の同位体比(降水の平均値に対応する)と温度(洞窟の場合,ほぼ年間平均気温に対応する)の2つに支配される。しかし,多くの研究では降水の酸素同位体比の変動が卓越すると解釈され,それに基づいて気候変動が論じられてきた。例えば,有名な南部中国の石筍酸素同位体記録は氷期/間氷期のサイクルで5‰ほどの振幅で変動し,東アジア夏季モンスーン (EASM) 強度の変動を示すと提案された。しかし,季節的に卓越するインドモンスーン降水の比率などの他の要因も指摘されている。
これらの議論を検証するために,インドモンスーンの影響が無視できる日本列島の石筍記録は格好な題材と言える。広島・岐阜・三重県で採集された石筍は中国石筍と似た酸素同位体比の傾向を示すが,氷期/間氷期の変化幅は2‰ほどであり,中国よりもはるかに小さい(Shen et al., 2010; Mori et al., 2018)。また,過去8万年間の三重石筍の記録は海水酸素同位体と良く一致する点で特徴的である。これは三重の洞窟もたらされる降水のソースが太平洋の海水であることを考えると当然のことと言える。海水同位体の変動を差し引くと,三重石筍の変化は温度変化でほぼ説明がつき,中期完新世と最終氷期の温度差は9ºC,ハインリッヒイベントでの寒冷化の幅は3ºC以下と見積もられる (Mori et al., 2018)。すなわち,EASM強度は氷期/間氷期で変化しただろうが,日本の石筍記録にはあまり影響しなかったのだろう。また,海水準低下による氷期での東シナ海の陸化の影響も見逃せない。氷期では,中国の洞窟の大陸度(海岸線-水蒸気ソースからの距離)が増加し,レイリー分別により降水の酸素同位体比は増加したと思われ,これが氷期/間氷期コントラストの増加につながった。この効果は日本では小さかったと思われる。
新潟県で採集された石筍も海水酸素同位体比の重要性を示す。洞窟がある糸魚川市では,日本海から供給された水蒸気が冬に大量の雪をもたらし,それが特異的な石筍記録に反映される (Sone et al., 2013)。最終氷期の極端に低い酸素同位体比は温度低下でも強まった東アジア冬季モンスーンでも説明がつかない。最もありえそうな要因は海洋堆積物からも指摘されている氷期における日本海表層海水の酸素同位体比の低下であり,太平洋の記録と比較すると,その低下幅は約3‰であった (Amekawa et al., 2021)。
日本における石筍研究は端緒についたばかりである。酸素同位体比は全球的なシグナルを記録しているが,それは気温と海水の酸素同位体比の変化によるところが大きい。モンスーン強度の効果,すなわち「量的効果」は日本の石筍記録では疑わしく,中国の記録でも再評価されるべきであろう。今後は,炭酸凝集同位体温度計などを併用し,石筍酸素同位体比に対する水の同位体比と温度の効果を定量的に分離する試み (Kato et al., 2021),あるいは降水の酸素同位体比のデータを収集し,「量的効果」の強さを定量化することが大切になる。
Amekawa, S. et al., 2021. Progress in Earth and Planetary Science, 8(1), 1-15.
Kato, H. et al., 2021. Quaternary Science Reviews, 253, 106746
Mori, T., et al. 2018. Quaternary Science Reviews, 192, 47-58.
Shen, CC. et al., 2010. Quaternary Science Reviews, 29, 3327-3335.
Sone, T. et al., 2013. Quaternary Science Reviews, 75, 150-160.
これらの議論を検証するために,インドモンスーンの影響が無視できる日本列島の石筍記録は格好な題材と言える。広島・岐阜・三重県で採集された石筍は中国石筍と似た酸素同位体比の傾向を示すが,氷期/間氷期の変化幅は2‰ほどであり,中国よりもはるかに小さい(Shen et al., 2010; Mori et al., 2018)。また,過去8万年間の三重石筍の記録は海水酸素同位体と良く一致する点で特徴的である。これは三重の洞窟もたらされる降水のソースが太平洋の海水であることを考えると当然のことと言える。海水同位体の変動を差し引くと,三重石筍の変化は温度変化でほぼ説明がつき,中期完新世と最終氷期の温度差は9ºC,ハインリッヒイベントでの寒冷化の幅は3ºC以下と見積もられる (Mori et al., 2018)。すなわち,EASM強度は氷期/間氷期で変化しただろうが,日本の石筍記録にはあまり影響しなかったのだろう。また,海水準低下による氷期での東シナ海の陸化の影響も見逃せない。氷期では,中国の洞窟の大陸度(海岸線-水蒸気ソースからの距離)が増加し,レイリー分別により降水の酸素同位体比は増加したと思われ,これが氷期/間氷期コントラストの増加につながった。この効果は日本では小さかったと思われる。
新潟県で採集された石筍も海水酸素同位体比の重要性を示す。洞窟がある糸魚川市では,日本海から供給された水蒸気が冬に大量の雪をもたらし,それが特異的な石筍記録に反映される (Sone et al., 2013)。最終氷期の極端に低い酸素同位体比は温度低下でも強まった東アジア冬季モンスーンでも説明がつかない。最もありえそうな要因は海洋堆積物からも指摘されている氷期における日本海表層海水の酸素同位体比の低下であり,太平洋の記録と比較すると,その低下幅は約3‰であった (Amekawa et al., 2021)。
日本における石筍研究は端緒についたばかりである。酸素同位体比は全球的なシグナルを記録しているが,それは気温と海水の酸素同位体比の変化によるところが大きい。モンスーン強度の効果,すなわち「量的効果」は日本の石筍記録では疑わしく,中国の記録でも再評価されるべきであろう。今後は,炭酸凝集同位体温度計などを併用し,石筍酸素同位体比に対する水の同位体比と温度の効果を定量的に分離する試み (Kato et al., 2021),あるいは降水の酸素同位体比のデータを収集し,「量的効果」の強さを定量化することが大切になる。
Amekawa, S. et al., 2021. Progress in Earth and Planetary Science, 8(1), 1-15.
Kato, H. et al., 2021. Quaternary Science Reviews, 253, 106746
Mori, T., et al. 2018. Quaternary Science Reviews, 192, 47-58.
Shen, CC. et al., 2010. Quaternary Science Reviews, 29, 3327-3335.
Sone, T. et al., 2013. Quaternary Science Reviews, 75, 150-160.