128th JGS: 2021

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Poster

R20 [Regular Session]Geoscience Education/History of Geoscience

[1poster68-70] R20 [Regular Session]Geoscience Education/History of Geoscience

Sat. Sep 4, 2021 4:30 PM - 7:00 PM poster (poster)

4:30 PM - 7:00 PM

[R20-P-1] Geology in Japan just after the WWII

*Michiko dvan Yajima1 (1. Tokyo Metropolitan University)

Keywords:WWII, H.G. Schenk, PEAC, CEAC

戦後すぐの日本の地質学はGHQがリードしていたことを明らかにした。1945年12月16日と1946年6月9日に東京帝国大学理学部にて在都日米地学者交歓会が行われ、GHQ内のスタンフォード大学のスケンク(H.G. Schenk, 1897–1960)が主導的立場に立った。1946年より日本地質学会は活動を開始し、1947年5月には京都大学理学部で日本地質学会が開催され、やはりスケンクが指導した。 エネルギー資源としての石油探鉱、石炭探鉱は重要で、アメリカの占領政策と共同でPEAC(石油開発促進委員会)、CEAC(炭田探査審議会)という組織を通して1947年から開始された。朝鮮半島、中国北部(満州)に多く進出していた地質学者たちは、GHQの要請もあり、帰国して外地での地質研究をまとめた。米国地質調査所出張所の協力もあり、1952年4月には東亜地質鉱産誌3巻1991頁の大著が出版され、1954~1960年には東亜地質図が東京地学協会から刊行された。