日本地質学会第129年学術大会

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シンポジウム

S2.[シンポ]人新世における地質学:年代境界・物質境界研究のフロンティア(一般公募なし)

[2oral213-27] S2.[シンポ]人新世における地質学:年代境界・物質境界研究のフロンティア(一般公募なし)

2022年9月5日(月) 13:30 〜 17:45 口頭第2会場 (14号館101教室)

座長:磯崎 行雄(東京大学)、川幡 穂高(早稲田大学理工学術院,東京大学大気海洋研究所 )、黒柳 あずみ(東北大学)

17:15 〜 17:30

[S2-O-15] 人新世とデルタ

*齋藤 文紀1 (1. 島根大学)

キーワード:人新世、デルタ、沿岸環境、人間活動

国際科学会議(International Council for Scientific Union: ICSU)が1987年から実施してきた地球圏・生物圏国際協同研究(International Geosphere-Biosphere Programme: IGBP)は,10年が経過した1998年から2003年に,第1期の総括と第2期に向けたコアプロジェクトの再構築を行った.2000年に行われたメキシコでの会議で,副議長のクルッツェン(Paul Jozef Crutzen)は,人間活動は地球や大気に大きな影響を与えており,もはや過去11700年間の完新世ではないことから,突発的にAnthropoceneと発した. 18世紀後半以降を人類の時代を意味するAnthropoceneとした(Crutzen and Stoermer, 2000)が,以下に述べる作業部会では1950年頃を完新世と人新世の境界として作業が行われている.
 地質年代や地層や時代の名称である地質系統は,国際地質科学連合(IUGS)において定められている.人新世については,国際地質科学連合の国際層序委員会(International Committee on Stratigraphy)の第四紀層序小委員会(Subcommittee on Quaternary Stratigraphy)において,人新世作業部会(Anthropocene Working Group)が2009年に設置され,提案に向けた検討が行われている.IGBPの提案以降,人新世は広く用いられるようになり,地質学的な検討が必要であることからロンドン地質学会が中心となり,作業部会の設立に至っている.人新世作業部会では,人新世は,地質系統のランクでは,世・統が望ましいこと,完新世と人新世の境界は,大加速(Great acceleration)が始まる時期であり,また地球規模で同期した識別が可能である放射性核種がマーカーとして認められる1950年頃をターゲットに, GSSP(Global Boundary Stratotype Section and Point:国際境界模式層断面とポイント)の提案に向けた準備が行われている.現在候補地からの提案の基礎となる資料の準備が行われており,2022年末までに人新世作業部会で投票が行われ,GSSPの候補地が選考される予定である.選ばれた候補地と副模式地は論文として取りまとめられ,第四紀層序小委員会で投票が行われる,6割以上の賛成が得られた場合に,上位の委員会に提案される.今回の提案は,完新世を2分し,人新世を設けることの提案と,GSSP候補地の提案の2つから構成される見込みである.
 一方,人類と地球との関係を示した人新世という言葉は,人文社会科学,経済学,哲学など,様々な分野で用いられるようになった.地質学における人新世と最も異なる点は,地質学では地質時代の境界であることから人新世の始まりは世界で同じ時間である必要があること,地域による違いが無い基準が求められることである.人類の影響は地域によって異なり,どのような対象をみるかによっても異なる.それらが始まった年代に同期性はない.人新世が正式に地質時代として認められた場合には,用語の使い方が分野によって異なることを注意する必要がある.
 人類が地球環境を大きく変化させ,地球環境は限界に達している(Planetary boundary)と認識され,持続的な地球環境との関係が求められ,SDGsのような行動計画が推進されている.沿岸環境においても1950年以降に急激な変化が世界で起こっている.世界で5億人以上が住み,食物の生産,商工業に大きな役割を担っているデルタは,IPCCの第4次評価報告書で最も脆弱な地域として示された.デルタの問題は,多くは陸域における様々な人間活動に起因するものだが,今後はこれらの変化に加えて地球規模の海面上昇などの影響が加わり,より広域にまた大規模な悪影響が懸念されている.特に脆弱な途上国における沿岸環境をいかにして保全し,持続的に利活用してゆくか,知識や取り組みの共有と国際的な連携が求められている.
Crutzen, P.J. and Stoermer, E.F., 2000. The “Anthropocene”. Global Change Newsletter 41, 17-18.