4:15 PM - 4:30 PM
[T12-O-16] Osmium isotope record in the Paleocene limestone of the Chicxulub impact basin
Keywords:K-Pg boundary, Osmium isotope, Impact event, Gulf of Mexico
約6600万年前の白亜紀-古第三紀(K-Pg)境界における巨大天体衝突イベントは,メキシコ・ユカタン半島沖に直径約200 kmのChicxulubクレーターを形成した(Gulick et al., 2008).衝突した小惑星物質に含まれていたオスミウムが海洋中に放出されたことにより,衝突直後の約20万年間に堆積した遠洋性石灰岩中には負のオスミウム同位体異常(187Os/188Os)が記録されている(Ravizza and VonderHaar, 2012).衝突後の187Os/188Os比の回復は,時間スケールを制約する有用な指標となることが提案されているが,K-Pg境界における天体衝突後の187Os/188Os比変動を報告した例は遠洋域の3地点にとどまっている.そこで本研究では,IODP-ICDP第364次研究航海により採取されたChicxulubクレーター内掘削試料(Morgan et al., 2016)を用いて,衝突起源堆積物の上位に累重する古第三紀のミクライト質石灰岩に記録された強親鉄性元素濃度および187Os/188Os比変動を報告する.
強親鉄性元素濃度分析の結果,オスミウム濃度は石灰岩全体を通して上方に向かって緩やかに減少する.一方,イリジウム濃度は石灰岩の基底部で高い値を示し(~0.49 ppb; Goderis et al., 2021),その後急激に減少した後,ほぼ一定の低い値を示した.また対象試料中の強親鉄性元素濃度は,石灰岩の基底部を除き,全体としてイリジウムやルテニウムが著しく乏しい特徴を示すのに対し,白金やパラジウムに関しては比較的富む傾向にあり,地球起源の岩石と調和的なパターンを示すことが明らかとなった.これらの結果は,隕石物質の混入が衝突起源堆積物の最上部に限られることを示している.
オスミウム同位体分析の結果からは,年代補正された187Os/188Os 比は石灰岩の基底部では低い値を示し(187Os/188Os ~0.19; Goderis et al., 2021),衝突後約250 万年かけて徐々に増加し定常状態(187Os/188Os ~0.45)へ回復することが明らかとなった.本研究の結果は,衝突後の低い同位体比(187Os/188Os ~0.17–0.2)から定常状態(187Os/188Os ~0.4−0.45)へと回復するという点で,先行研究により報告されている遠洋域の変動記録と一致する(Ravizza and Peucker-Ehrenbrink, 2003; Ravizza and VonderHaar, 2012).しかし,187Os/188Os比の回復時間は大きく異なり,Chicxulubクレーター内の187Os/188Os比は,少なくとも古第三紀最初期の約100万年間は,遠洋域よりも低い値を示すことが明らかとなった.
Chicxulubクレーター内で187Os/188Os比の回復が遅れたメカニズムとして,(1)外洋からメキシコ湾への比較的高い187Os/188Os比の流入量が減少し,(2)ユカタン半島周辺に堆積した衝突由来の低い187Os/188Os比を持つ堆積物がメキシコ湾へ流入した可能性が挙げられる.K-Pg境界では,巨大天体の衝突によりメキシコ湾周辺に厚さ数100 mの津波堆積物が堆積したことが知られており(例えばScott et al., 2014),メキシコ湾周辺が衝突由来の堆積物で覆われたことにより,外洋からメキシコ湾への海水の流入量が著しく減少した可能性が高い.古第三紀を通じたメキシコ湾の海洋環境の変遷は,衝突地点周辺域における生態系の回復過程にも大きく関わっており,今後さらなるデータをもとに議論を深める必要がある.
引用文献
Goderis et al., 2021, Sci. Adv. 7, eabe3647.
Gulick et al., 2008, Nat. Geosci. 1, 131-135.
Morgan et al., 2016, Science 354, 878-882.
Ravizza and Peucker-Ehrenbrink, 2003, Science 302, 1392-1395.
Ravizza and VonderHaar, 2012, Paleoceanography 27, PA3219.
Scott et al., 2014, GCAGS Journal 3, 41-50.
強親鉄性元素濃度分析の結果,オスミウム濃度は石灰岩全体を通して上方に向かって緩やかに減少する.一方,イリジウム濃度は石灰岩の基底部で高い値を示し(~0.49 ppb; Goderis et al., 2021),その後急激に減少した後,ほぼ一定の低い値を示した.また対象試料中の強親鉄性元素濃度は,石灰岩の基底部を除き,全体としてイリジウムやルテニウムが著しく乏しい特徴を示すのに対し,白金やパラジウムに関しては比較的富む傾向にあり,地球起源の岩石と調和的なパターンを示すことが明らかとなった.これらの結果は,隕石物質の混入が衝突起源堆積物の最上部に限られることを示している.
オスミウム同位体分析の結果からは,年代補正された187Os/188Os 比は石灰岩の基底部では低い値を示し(187Os/188Os ~0.19; Goderis et al., 2021),衝突後約250 万年かけて徐々に増加し定常状態(187Os/188Os ~0.45)へ回復することが明らかとなった.本研究の結果は,衝突後の低い同位体比(187Os/188Os ~0.17–0.2)から定常状態(187Os/188Os ~0.4−0.45)へと回復するという点で,先行研究により報告されている遠洋域の変動記録と一致する(Ravizza and Peucker-Ehrenbrink, 2003; Ravizza and VonderHaar, 2012).しかし,187Os/188Os比の回復時間は大きく異なり,Chicxulubクレーター内の187Os/188Os比は,少なくとも古第三紀最初期の約100万年間は,遠洋域よりも低い値を示すことが明らかとなった.
Chicxulubクレーター内で187Os/188Os比の回復が遅れたメカニズムとして,(1)外洋からメキシコ湾への比較的高い187Os/188Os比の流入量が減少し,(2)ユカタン半島周辺に堆積した衝突由来の低い187Os/188Os比を持つ堆積物がメキシコ湾へ流入した可能性が挙げられる.K-Pg境界では,巨大天体の衝突によりメキシコ湾周辺に厚さ数100 mの津波堆積物が堆積したことが知られており(例えばScott et al., 2014),メキシコ湾周辺が衝突由来の堆積物で覆われたことにより,外洋からメキシコ湾への海水の流入量が著しく減少した可能性が高い.古第三紀を通じたメキシコ湾の海洋環境の変遷は,衝突地点周辺域における生態系の回復過程にも大きく関わっており,今後さらなるデータをもとに議論を深める必要がある.
引用文献
Goderis et al., 2021, Sci. Adv. 7, eabe3647.
Gulick et al., 2008, Nat. Geosci. 1, 131-135.
Morgan et al., 2016, Science 354, 878-882.
Ravizza and Peucker-Ehrenbrink, 2003, Science 302, 1392-1395.
Ravizza and VonderHaar, 2012, Paleoceanography 27, PA3219.
Scott et al., 2014, GCAGS Journal 3, 41-50.