11:30 AM - 12:00 PM
[T10-O-10] [Invited] Kyoto's traditional industries from the geological point of view
【ハイライト講演】
世話人よりハイライトの紹介:貴治氏は京都周辺の庭園内の庭石や,焼き物や壁土,砥石,茶磨などの素材としての岩石を,地質学的視点から研究されている.それぞれの石材の,用途からみた岩石の特徴,開発経緯,文化的背景などについて,京都の伝統産業と周辺地質との関わりについて考察を深めた講演である.※ハイライトとは
Keywords:Kyoto Basin, traditional industries, Jurassic accretionary complex, The Pliocene-Pleistocene Osaka Group, Cretaceous igneous rocks, natural resources
京都盆地は基盤の地質区分からみると丹波帯に位置する.東は花折断層系,西は西山断層系の活動による断層崖が発達する.京都盆地には北東から高野川,北西から賀茂川が流入する.東山丘陵を隔てて盆地の東方には山科盆地がある.京都盆地南東の宇治地域は茶どころであり,さらに滋賀や奈良を結ぶ水陸路の要衝として都との結びつきが強い.人々が集住する盆地の中で,平安時代から1000年以上続いた古都の長い歴史が伝統的な手工業を発達させた.現在まで育まれてきた高い技術と技法は日本文化を象徴するものとして海外からも高く評価されている.今回は京都盆地周辺の地質と伝統産業との関わりについて,資源の主な利用例を挙げながら概観する.
京都が発祥地とされる仏壇・仏具は多くの細かな工程を経て製作される.作業に必要な鋸,鉋,のみ等,種々の鉄製工具の調整には砥石が必要である.天然砥石として名高いのが鳴滝砥である.鳴滝砥の合砥で刀剣の刃先を鏡面に仕上げることができる.京都盆地の北西に分布するジュラ紀付加体・丹波帯Ⅰ型地層群の最下位に位置する珪質頁岩およびその上位の層状チャートに漸移する部分の風化層が主に採掘された.調理用の庖丁,西陣織や華道で使う鋏の研磨はもちろん,京指物(硯箱,飾り棚など)や菓子木型の製作,京銘竹や北山丸太の原木の切断,能面打ちにいたるまで鉄製工具の使用に伴って,砥石の必要な場面は多い.鉄製工具は京町屋の建築にも欠かせず,都では宮殿,社寺,城郭,殿舎,茶室などの精密な伝統建築の作業現場で高品質の砥石が使用された.
建築用の壁土として,伏見地域に分布する大阪層群の海成・淡水成粘土層や火山灰層を採掘して精製した様々な色土が使用されてきた.屋根瓦用の粘土も同地域で採掘され,鬼瓦に代表される装飾性の高い様々な棟飾りが製作された.木材表面をなめらかに仕上げる(目止めする)ためには砥粉が使われる.砥粉は岩石の粉末であり,漆器の下塗りに使用されることもある.山科地域では東山丘陵に分布する丹波帯Ⅰ型地層群の風化した頁岩を粉砕して砥粉が生産された.もともと,京都盆地の周縁部では土器を製作するために,古代から粘土の利用はあった.やがて,豊臣秀吉による伏見城築城や方広寺大仏殿の建設など,大規模な都の整備・改造が建築関連産業を大きく発展させた結果,京都盆地東部の建築用資源の利用が著しく増加した.伏見地域では良質の粘土を用いた素焼きの人形(伏見人形)も製作され,稲荷大社に参詣する人々の土産物として全国に知られた.壁土と共に重要な建築材料には漆喰がある.水酸化カルシウムを主成分とする漆喰の原料は石灰岩である.京都盆地周辺の中・古生層から石灰岩は産するが,灰方地域(京都市西京区)が漆喰の生産地として知られた.西山に分布するジュラ紀付加体に含まれるブロック状のペルム紀~三畳紀の石灰岩が採掘され,ふもとの灰方地域で石灰岩が焼かれた.当地の漆喰は古くから朝廷に献上されていたという.
京焼は,洛中・洛外に点在した窯元の焼き物の総称である.既に奈良・平安時代に焼き物は製作されていたが,安土桃山時代から発展した.特に清水坂や五条坂界隈の窯元による清水焼が,デザイン性や絵柄が豊富なことで有名になった.実際には東山地域には焼き物に適した土は乏しい.茶聖・千利休が陶工の長次郎に依頼し,製作された樂焼は,華やかな絵柄とは無縁のわびの世界に通ずる焼き物である.土は聚楽第建設に伴う堀り土(聚楽土)が使われ,釉薬は賀茂川河原の転石である加茂川石を粉砕して開発された.加茂川石は丹波帯Ⅱ型地層群のペルム紀緑色岩である.宇治にも窯元が現れ,宇治川近傍の白亜紀後期の岩脈から採石された安山岩製の茶磨が生産されるようになり,江戸時代には全国に普及した.
都が置かれた平安時代以降,京都では宮廷や寺院の建築とともに自然の風景を写し取った庭園や茶庭造り,意匠を凝らした石工芸(石仏,灯籠,蹲踞など)製作がさかんになった.京都盆地東北の中・古生層を貫く白亜紀の比叡花崗岩(白川石)や石英閃緑岩(鞍馬石)は庭石のほか,工芸品の素材として用いられてきた.白川砂は白川石のマサで,庭園の敷き砂として名高い.秀吉の時代,比叡花崗岩体の一部で採石された石材(太閤石)から主に灯籠がつくられた.丹波帯のチャートや緑色岩(貴船石),接触変成作用により硬化した泥質岩(例えば八瀬真黒石など)は,形状を活かして自然石のまま庭に据えられることが多い.
文献
林屋辰三郎・村井康彦・森谷尅久[編](1979)日本歴史地名大系第27巻京都市の地名初版.平凡社,1201p.
京都府自然環境保全課[編](2015)京都府レッドデータブック2015 第3巻 地形・地質・自然生態系編.京都府自然環境保全課,430p.
瀧本 清[編](1973)日本地方鉱床誌 近畿地方.朝倉書店,436p.
京都が発祥地とされる仏壇・仏具は多くの細かな工程を経て製作される.作業に必要な鋸,鉋,のみ等,種々の鉄製工具の調整には砥石が必要である.天然砥石として名高いのが鳴滝砥である.鳴滝砥の合砥で刀剣の刃先を鏡面に仕上げることができる.京都盆地の北西に分布するジュラ紀付加体・丹波帯Ⅰ型地層群の最下位に位置する珪質頁岩およびその上位の層状チャートに漸移する部分の風化層が主に採掘された.調理用の庖丁,西陣織や華道で使う鋏の研磨はもちろん,京指物(硯箱,飾り棚など)や菓子木型の製作,京銘竹や北山丸太の原木の切断,能面打ちにいたるまで鉄製工具の使用に伴って,砥石の必要な場面は多い.鉄製工具は京町屋の建築にも欠かせず,都では宮殿,社寺,城郭,殿舎,茶室などの精密な伝統建築の作業現場で高品質の砥石が使用された.
建築用の壁土として,伏見地域に分布する大阪層群の海成・淡水成粘土層や火山灰層を採掘して精製した様々な色土が使用されてきた.屋根瓦用の粘土も同地域で採掘され,鬼瓦に代表される装飾性の高い様々な棟飾りが製作された.木材表面をなめらかに仕上げる(目止めする)ためには砥粉が使われる.砥粉は岩石の粉末であり,漆器の下塗りに使用されることもある.山科地域では東山丘陵に分布する丹波帯Ⅰ型地層群の風化した頁岩を粉砕して砥粉が生産された.もともと,京都盆地の周縁部では土器を製作するために,古代から粘土の利用はあった.やがて,豊臣秀吉による伏見城築城や方広寺大仏殿の建設など,大規模な都の整備・改造が建築関連産業を大きく発展させた結果,京都盆地東部の建築用資源の利用が著しく増加した.伏見地域では良質の粘土を用いた素焼きの人形(伏見人形)も製作され,稲荷大社に参詣する人々の土産物として全国に知られた.壁土と共に重要な建築材料には漆喰がある.水酸化カルシウムを主成分とする漆喰の原料は石灰岩である.京都盆地周辺の中・古生層から石灰岩は産するが,灰方地域(京都市西京区)が漆喰の生産地として知られた.西山に分布するジュラ紀付加体に含まれるブロック状のペルム紀~三畳紀の石灰岩が採掘され,ふもとの灰方地域で石灰岩が焼かれた.当地の漆喰は古くから朝廷に献上されていたという.
京焼は,洛中・洛外に点在した窯元の焼き物の総称である.既に奈良・平安時代に焼き物は製作されていたが,安土桃山時代から発展した.特に清水坂や五条坂界隈の窯元による清水焼が,デザイン性や絵柄が豊富なことで有名になった.実際には東山地域には焼き物に適した土は乏しい.茶聖・千利休が陶工の長次郎に依頼し,製作された樂焼は,華やかな絵柄とは無縁のわびの世界に通ずる焼き物である.土は聚楽第建設に伴う堀り土(聚楽土)が使われ,釉薬は賀茂川河原の転石である加茂川石を粉砕して開発された.加茂川石は丹波帯Ⅱ型地層群のペルム紀緑色岩である.宇治にも窯元が現れ,宇治川近傍の白亜紀後期の岩脈から採石された安山岩製の茶磨が生産されるようになり,江戸時代には全国に普及した.
都が置かれた平安時代以降,京都では宮廷や寺院の建築とともに自然の風景を写し取った庭園や茶庭造り,意匠を凝らした石工芸(石仏,灯籠,蹲踞など)製作がさかんになった.京都盆地東北の中・古生層を貫く白亜紀の比叡花崗岩(白川石)や石英閃緑岩(鞍馬石)は庭石のほか,工芸品の素材として用いられてきた.白川砂は白川石のマサで,庭園の敷き砂として名高い.秀吉の時代,比叡花崗岩体の一部で採石された石材(太閤石)から主に灯籠がつくられた.丹波帯のチャートや緑色岩(貴船石),接触変成作用により硬化した泥質岩(例えば八瀬真黒石など)は,形状を活かして自然石のまま庭に据えられることが多い.
文献
林屋辰三郎・村井康彦・森谷尅久[編](1979)日本歴史地名大系第27巻京都市の地名初版.平凡社,1201p.
京都府自然環境保全課[編](2015)京都府レッドデータブック2015 第3巻 地形・地質・自然生態系編.京都府自然環境保全課,430p.
瀧本 清[編](1973)日本地方鉱床誌 近畿地方.朝倉書店,436p.