10:30 AM - 10:45 AM
[T6-O-25] Environmental DNA reveals evidence of modern and paleo mega-tsunamis
【ハイライト講演】
世話人よりハイライトの紹介:これまで津波堆積物は,“泥質な地層中に挟まれる砂質のイベント層”として認識されることが多かった.2011年の津波以降,より正確な浸水範囲の推定のために地層中から“泥質のイベント層”も識別する試みが数多く行われているが,本講演では環境DNA分析に焦点を当てて現世と過去の津波堆積物の識別に挑んでいる.※ハイライトとは
Keywords:2011 Tohoku-oki tsunami, 869 Jogan tsunami, Prehistric tsunami, Environmental DNA, Yamamoto, Miyagi, Lake sediment
本研究では,地層中の津波堆積物の新たな識別プロキシとして,環境DNAの有効性について議論した.陸上のイベント堆積物中に,海洋に生息する生物由来の遺伝子情報が含まれれば,その堆積物が海からの流れによって形成したことを示す確度の高い根拠となる.環境DNAを津波堆積物研究に適用した研究例は徐々に報告され始めているが(例えばYap et al., 2021; 2023),環境DNAの保存性や堆積環境ごとの挙動など,まだまだ検討段階にある.本発表では,湖沼堆積物に対し環境DNA分析を行い,2011年東北沖津波の堆積物を対象にして研究アプローチの妥当性を,869年貞観津波と先史津波の堆積物を対象にして古津波への適用可能性を検討した結果を報告する.
用いた試料は,2014年4月に宮城県山元町にある湖沼,水神沼で得られた98 cm長の柱状堆積物である.この試料は既にShinozaki et al. (2015)によって2011年東北沖津波による堆積物の識別が行われている.東北沖津波による堆積物は,湖底表層の厚さ50 cmの泥質津波堆積物と,その下位の厚さ7 cmの極細粒〜中粒の砂質津波堆積物からなる.さらにその下位には通常環境時に形成したと考えられる泥炭堆積物が堆積しており,2枚のイベント砂層を挟在する.これらのイベント砂層は,869年貞観津波による堆積物と,2400〜2900年前の先史津波堆積物であると考えられている(Shinozaki et al., 2015).
堆積物試料は掘削後,一部分析用に切り分けた試料を除いて-20℃で冷凍保存をした.この冷凍試料を用いて,合計32層準の環境DNA分析を行った.DNeasy PowerMax Soil Kit(QIAGEN社)を用いて堆積物からDNAを抽出し,真核生物18SリボソームRNA遺伝子部分塩基配列を対象にしたポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を実施した.得られたPCR増幅産物を次世代シーケンサーで解析し,シーケンスによって得られた塩基配列に対して,QIIME2(Bolyen et al., 2019)で代表配列の決定や多様性解析を施した後,BLAST+(Camacho et al., 2008)で各代表配列の相同性検索による分類群推定を行った.
2011年東北沖津波による泥質および砂質堆積物と,その下位の通常時堆積の泥炭での検討の結果,泥質津波堆積物中に海生のDNAが含まれている点,含有しているDNAに多様性がある点が見られた.多様な遺伝子配列は湖沼周辺からの砕屑物の供給を示していると考えられる.一方,砂質津波堆積物では泥質津波堆積物に比べてDNAの回収率が低かった.しかし,砂質津波堆積物中でわずかに検出した海洋生物のDNAは異地性の遺伝子情報を含んでおり,確度が高い物的証拠と言える.
2011年東北沖津波での検討で,環境DNAが津波堆積物識別プロキシとしての可能性を十分有している結果が得られた.次に,環境DNAが古津波堆積物の識別にも適用可能か,869年貞観津波堆積物,先史津波堆積物,上位下位の通常堆積の泥炭堆積物で検討を行った.歴史・先史津波堆積物は通常時堆積物と含まれている生物種が大きく異なっており,クラスター解析でも,貞観津波堆積物,先史津波堆積物,通常時堆積物でグループが分かれる結果を示した.歴史・先史津波堆積物からは,例えば海生種の珪藻Chaetoceros spp.や二枚貝類が検出された.また,貞観津波堆積物中に含まれている生物種が,津波堆積物直上の層準でも多く見出された.この層準は,肉眼およびCT写真の観察ではさらに上位の泥炭堆積物層と見分けがつかなかったが,環境DNAの結果から,砂質津波堆積物の直上に堆積した泥質津波堆積物である可能性が高いと考えられる.地層中から泥質津波堆積物を識別することは容易ではないが,今回の結果は,環境DNAが泥質津波堆積物を識別できるポテンシャルを持っていることを示している.
本研究の結果,環境DNAを用いることで,湖沼に来襲した現世・歴史・先史時代の巨大津波の痕跡を識別できることがわかった.環境DNAを用いることで,これまで識別が難しかったイベント堆積物の起源を明らかにできる可能性があり,今後様々な堆積環境に適用されることが望まれる.
Bolyen et al., 2019. Nature Biotechnology, 37, 852–857.
Camacho et al., 2008. BMC Bioinformatics, 10, 421.
Shinozaki et al., 2015. Marine Geology, 369, 127–136.
Yap et al., 2021. Communications Earth & Environment, 2, 129.
Yap et al., 2023. Marine Geology, 457, 106989.
用いた試料は,2014年4月に宮城県山元町にある湖沼,水神沼で得られた98 cm長の柱状堆積物である.この試料は既にShinozaki et al. (2015)によって2011年東北沖津波による堆積物の識別が行われている.東北沖津波による堆積物は,湖底表層の厚さ50 cmの泥質津波堆積物と,その下位の厚さ7 cmの極細粒〜中粒の砂質津波堆積物からなる.さらにその下位には通常環境時に形成したと考えられる泥炭堆積物が堆積しており,2枚のイベント砂層を挟在する.これらのイベント砂層は,869年貞観津波による堆積物と,2400〜2900年前の先史津波堆積物であると考えられている(Shinozaki et al., 2015).
堆積物試料は掘削後,一部分析用に切り分けた試料を除いて-20℃で冷凍保存をした.この冷凍試料を用いて,合計32層準の環境DNA分析を行った.DNeasy PowerMax Soil Kit(QIAGEN社)を用いて堆積物からDNAを抽出し,真核生物18SリボソームRNA遺伝子部分塩基配列を対象にしたポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を実施した.得られたPCR増幅産物を次世代シーケンサーで解析し,シーケンスによって得られた塩基配列に対して,QIIME2(Bolyen et al., 2019)で代表配列の決定や多様性解析を施した後,BLAST+(Camacho et al., 2008)で各代表配列の相同性検索による分類群推定を行った.
2011年東北沖津波による泥質および砂質堆積物と,その下位の通常時堆積の泥炭での検討の結果,泥質津波堆積物中に海生のDNAが含まれている点,含有しているDNAに多様性がある点が見られた.多様な遺伝子配列は湖沼周辺からの砕屑物の供給を示していると考えられる.一方,砂質津波堆積物では泥質津波堆積物に比べてDNAの回収率が低かった.しかし,砂質津波堆積物中でわずかに検出した海洋生物のDNAは異地性の遺伝子情報を含んでおり,確度が高い物的証拠と言える.
2011年東北沖津波での検討で,環境DNAが津波堆積物識別プロキシとしての可能性を十分有している結果が得られた.次に,環境DNAが古津波堆積物の識別にも適用可能か,869年貞観津波堆積物,先史津波堆積物,上位下位の通常堆積の泥炭堆積物で検討を行った.歴史・先史津波堆積物は通常時堆積物と含まれている生物種が大きく異なっており,クラスター解析でも,貞観津波堆積物,先史津波堆積物,通常時堆積物でグループが分かれる結果を示した.歴史・先史津波堆積物からは,例えば海生種の珪藻Chaetoceros spp.や二枚貝類が検出された.また,貞観津波堆積物中に含まれている生物種が,津波堆積物直上の層準でも多く見出された.この層準は,肉眼およびCT写真の観察ではさらに上位の泥炭堆積物層と見分けがつかなかったが,環境DNAの結果から,砂質津波堆積物の直上に堆積した泥質津波堆積物である可能性が高いと考えられる.地層中から泥質津波堆積物を識別することは容易ではないが,今回の結果は,環境DNAが泥質津波堆積物を識別できるポテンシャルを持っていることを示している.
本研究の結果,環境DNAを用いることで,湖沼に来襲した現世・歴史・先史時代の巨大津波の痕跡を識別できることがわかった.環境DNAを用いることで,これまで識別が難しかったイベント堆積物の起源を明らかにできる可能性があり,今後様々な堆積環境に適用されることが望まれる.
Bolyen et al., 2019. Nature Biotechnology, 37, 852–857.
Camacho et al., 2008. BMC Bioinformatics, 10, 421.
Shinozaki et al., 2015. Marine Geology, 369, 127–136.
Yap et al., 2021. Communications Earth & Environment, 2, 129.
Yap et al., 2023. Marine Geology, 457, 106989.