The 32nd Congress of the Japanese Society of Gerodontology

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シンポジウム4
百寿者(centenarian)に訊く健康づくり 〜歯科が支援できることを考える〜

Sat. Jun 12, 2021 4:40 PM - 6:00 PM Line B (ライブ配信)

座長:渡部 芳彦(東北福祉大学 健康科学部 医療経営管理学科)

[SY4-2] 高齢者、百寿者の幸福感・心理的 well-beingを支える老年的超越

○増井 幸恵1 (1. 東京都健康長寿医療センター研究所 福祉と生活ケア研究チーム)

【略歴】
2013年 首都大学大学院人間健康科学研究科博士後期課程修了(博士(学術))。2008年 (地独)東京都健康長寿医療センター研究所 常勤研究員(至現在)。専門分野:高齢者心理学。特に85歳以上の超高齢者層の幸福感や精神的健康の関連要因、促進要因を研究しています。特に、それらを支える心理的な発達である「老年的超越」に注目し研究を行っている。また、高齢期の健康維持に対する心理的な要因、中でも性格特性の影響についても注目している。これらの研究テーマについて、大阪大学、慶應義塾大学などと共同で、関西地区・関東地区にまたがる地域高齢者のコホートを立ち上げ10年以上に渡る長期縦断研究(SONIC研究)により、検討を行っている。
私が百寿者研究に初めて携わったのは、慶應義塾大学百寿総合研究センターの広瀬信義先生が主催される東京百寿者研究に参加した西暦2000年のことである。その時、私は百寿者の実態についてほとんど知らない状態であったので、テレビなどに登場するかくしゃくとした元気な百寿者ばかりでなく、ほぼ寝たきりで外出も十分にできない人、がんなどの大きな病気を抱えている人、近所に住んでいた昔馴染みの友人や知人も全員亡くなってしまったと言う人など、様々な困難を抱えている百寿者が多くいらっしゃることに驚いた。その一方で、百寿者へのインタビューから、問題を抱えた百寿者の多くが、大きく落ち込むことはなく、元気ハツラツとは言わないまでも、明るく穏やかな気持ちで過ごされていることを知り、百寿者における幸福感の在り方に興味を持つようになった。
 このような傾向は、インタビュー調査などでの印象だけでなく、量的な研究でも確認されている。地域在住の高齢者、百寿者の調査研究からは、自立度(ADL)が低いと前期高齢者では幸福感はかなり低いが、ADLが同レベルの超高齢者や百寿者では幸福感が高いことが示されている。その理由の一つとして、百寿者やそれに近い超高齢者では老年的超越という考え方や価値観の変化が生じるためと考えられている。
 老年的超越はスウェーデンの老年学者Tornstamが提唱した概念で、高齢になって生じる①離れていても人のつながりを実感できる、②周囲への感謝の気持ちが強くなる、③ありのままを受け入れ、無理や過剰な頑張りをしなくなる、といった気持ちや価値観の変化を指す。老年的超越が高齢期以降発達することにより、身体機能が低下し、人との物理的なつながりが少なくなっても、つながりの意識を持つことができ、自己肯定が可能となり、幸福感を維持できると考えられている。我々の研究においても、身体機能が低下しても幸福感が高い超高齢者では幸福感の低い人に比べて、老年的超越が高いことが示されている。
 最近の百寿者へのインタビュー研究からは、百寿者は、幸せが増すように、能動的に自分の価値観を作り上げていくことが報告されています。ある百寿者は、手の動きが不自由になり簡単な塗り絵をしていたのですが、その中に自分なりの「塗り絵とはこういうもの」というコツを発見し、その後、塗り絵が楽しみになったと述べています。若い時代や、世間一般の常識にとらわれず、自分なりの価値観を持つようになることも老年的超越の表れの大きな特徴といえるでしょう。
 今回の話題提供においては、老年的超越について、①その概念と日本人高齢者における特徴、②量的な調査研究からの幸福感と老年的超越の因果関係、③歯学分野における老年的超越研究、などから老年的超越の視点から百寿者や超高齢者を理解することの重要性について論じていきたい。