一般社団法人日本老年歯科医学会 第32回学術大会

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シンポジウム5
認知症の人の口を支えるために〈専〉〈日〉

2021年6月13日(日) 14:00 〜 15:30 Line A (ライブ配信)

座長:平野 浩彦(東京都健康長寿医療センター歯科口腔外科)

[SY5-1] 認知症医療・ケアにおける医科歯科連携・多職種連携

○井藤 佳恵1 (1. 東京都健康長寿医療センター 認知症支援推進センター)

【略歴】
1993年 東京大学文学部フランス語フランス文学科卒業
1993年―1994年 (株)伊勢丹勤務
2002年 東北大学医学部卒業,東北大学病院精神科入局
緩和ケアチーム、精神科助教、精神科病棟医長の職に従事
2010年 東京都健康長寿医療センター研究所 自立促進と精神保健研究チーム 研究員
2015年 都立松沢病院精神科医長
2020年 東京都健康長寿医療センター 認知症支援推進センター長

研究分野:地域における高齢者困難事例、精神疾患を抱えた人の意思決定支援
人口の高齢化にともない、認知症を抱えて人生の最晩年を生きることが普遍化しつつある。

2019年6月に閣議決定された「認知症施策推進大綱」は、「認知症の発症を遅らせ、認知症になっても希望をもって日常生活を過ごせる社会を目指し、認知症の人や家族の視点を重視しながら、『共生』と『予防』を車の両輪として施策を推進していく」としている。

人が生きる上で、食べることはとても大切な事項である。そのことを自明としながら、私たちは認知症とともに生きる人たちの口腔環境がどのようになっているのか、それが彼らの心身の健康にどのような影響を与えるのか、そして認知症を抱えながら口腔環境を維持していくために何が必要なのかという事項について、十分に知っているとは言えない。

セルフケアが不全になりがちな重い精神疾患を抱える患者を多く診ていると、精神医療のなかで、今や認知症高齢者はもっとも残歯が多い患者群かもしれないとさえ思う。歯科医療が取り組んできた、乳児期からの歯科衛生に関わる教育啓発活動、中年期以降の歯周病に関わる教育啓発活動等の大きな成果であろう。そして、8020運動にみられるように、いつまでもおいしく食べることができるよう、多くの歯を残した状態で老年期を迎えることが、高齢社会における歯科医療のひとつの目標だったのではないかと想像する。

ところが認知症を抱えると、その初期の段階から、口腔環境の維持が難しくなる。例えば物忘れー近時記憶の障害ーを背景として、入れ歯をなくすことがでてくる。大切なものだからティッシュペーパーにくるんでおくのだが、くるんだことを忘れてそのまま捨ててしまったりする。入れ歯のない生活は、その人の栄養摂取のバランスを変えてしまう。あるいは、認知症の存在は、人との関係にも影響をおよぼす。近時記憶の障害と時間見当識の障害は、予約した日、予約した時間に受診することを難しくするし、前回受診時に説明されたことを思い出すことも妨げる。主治医との関係がぎくしゃくして、歯科から足が遠のきがちになる。一方でセルフケアはと言えば、注意障害の存在は、最初に歯ブラシをあてた1/4区画で歯磨きを終えさせたりする。視空間認知障害の存在は、複雑な形、複雑な並び方をしている歯に、的確に歯ブラシをあてることを難しくする。
セルフケアが難しくなることと、専門家の手が入らなくなることが同時に進行することは、認知症高齢者の口腔環境には非常に不利に働く。

臨床の実感として、認知症を抱えて生きる人の歯科医療のニーズは非常に高い。ところが連携の方法がわからない。現在の認知症支援体制の中で、認知症医療に関わる医師、あるいは地域保健の専門職は、歯科医師とどのように連携していく可能性があるだろうか。当日は事例を提示しながら、医科歯科連携、および多職種連携の可能性についてお話ししたい。