[摂食更新P-7] 鬱による食欲低下という診断により薬剤性嚥下障害を呈した症例
【緒言・目的】 誤嚥の原因は,準備期口腔期にあることが多いため,誤嚥を認める症例は歯科的な介入を依頼される場合がある。一方で,誤嚥の原因が口腔以外にある症例も多く存在するため,歯科は口腔以外の原因も常に考える必要がある。今回,歯科が薬剤性嚥下障害を発見した症例を経験したので報告する。 【症例および経過】 84歳女性。脳梗塞,糖尿病の既往あり。要支援2で夫と2人暮らし。娘が死亡したことをきっかけに食欲低下が出現していた。鬱による食欲低下に対してスルピリドが開始されたものの症状が改善せず,食事中のむせも出現した。ご家族が下顎Br.の動揺が原因ではないかと考え,訪問診療の依頼があった。全身所見として,仮面様顔貌,上肢の歯車様固縮を認め,発話はほぼ認められなかった。口腔内所見は,上記の下顎Br.は動揺を認めたものの,上顎義歯の適合は良好で咬合支持は存在した。口腔内の運動,感覚麻痺は認めないものの,動作は緩慢であった。嚥下内視鏡検査(VE)の結果,ペースト食は咽頭残留,とろみなし水分での誤嚥を認め,遅延性のむせが出現した。以上の所見から,食事中のむせの原因は下顎Br.の動揺ではなく,パーキンソンニズムが原因であると考えられた。パーキンソンニズムが出現した時期がスルピリド開始から約1ヶ月後であったため,薬剤性パーキンソンニズムの可能性を主治医に報告し,休薬となった。2ヶ月後のVEで咽頭残留は減少し,嚥下機能の改善を認めたため,ペースト食から全粥きざみ食へ食形態を変更した。1年半後には日常会話も可能となった。嚥下下機能,口腔機能の低下は認めないものの,固形物摂取時に咀嚼ではなく舌と口蓋での押しつぶしの動きが出現するため,食形態は全粥きざみ食を継続している。 なお,本報告の発表について患者本人から文書による同意を得ている。 【考察】 嚥下障害の原因が明らかにならない場合,原因精査のため歯科へ依頼がくることがしばしばある。実際,口腔内の状態を改善することにより嚥下障害が改善する場合があるものの,全身疾患に起因する嚥下障害や薬剤性嚥下障害を疑う場合も多く存在する。摂食機能療法専門歯科医師として診察する際には,必要な歯科治療と並行して嚥下障害に至った背景をできる限り問診したり,全身所見を採取したりしながら,口腔以外の原因がないかも推察する必要があると考えられた。 COI開示:なし 倫理審査対象外