[O3-1] 生命の危機的状態で初療に救急搬送された患者の家族が辿る代理意思決定のプロセス
目的
本研究の目的は,生命の危機的状態で初療に救急搬送された患者の家族が辿る代理意思決定のプロセスを明らかにすることである。
方法
1.研究デザイン:質的記述的研究デザイン
2.研究対象者: 生命の危機的状態で初療に救急搬送された患者の代理意思決定を担い,患者がEICUへ入室後,生命の危機的状況を脱していると医師から判断されている家族15名
3.データ収集期間:2016年11月~2017年5月
4.データ収集方法および分析方法:インタビューガイドを用い,半構造化面接法を実施した。逐語録に起こした発言記録をデータ化し,事例-コード・マトリックスを参考に分析を行った。
5.倫理的配慮: 本研究はA大学倫理審査会および該当医療施設の審査を受け承諾を得た後に,対象者には研究目的,方法,研究参加の任意性,匿名性の確保や個人情報の保護,データの公表およびデータの管理方法について書面を用いて説明し書面で同意を得た。
結果
抽出された概念的カテゴリは,【衝撃的な出来事の中で錯綜する思い】,【直面した患者の状況に募る不安と恐怖】,【様々思い浮かべて,患者の意思を忖度する】,【大きく迷いながらも決断に向き合う】,【成果がみえない患者の姿に気持ちが揺らぐ】,【治療結果としての患者の状態に左右される代理意思決定への思い】の6つであった。
自らが倒れている患者を発見した家族,他者から連絡をうけた家族ともに【衝撃的な出来事の中で錯綜する思い】を経験していた。家族は実際に患者と会うことで【直面した患者の状況に募る不安と恐怖】を経験する。同時に患者の事前意思や家族背景,金銭的な気がかりなどにより【様々思い浮かべて,患者の意思を忖度する】中で,医師から治療を選択するよう求められ,【大きく迷いながらも決断に向きあう】ことになる。家族にとっては限られた時間での決断となるが,説明を聞いても内容が難しく想像もつかない状況や,患者に助かってもらいたい,病状や治療の知識がない,患者の治療を決めるには責任が大きいという背景から医師に治療を委ねていた。一方,医師が何度も説明を行った家族は,説明を理解し他の家族との話し合うことで決断できていた。意思決定後、自らが判断した家族,医療者へ治療を任せた家族ともに【成果がみえない患者の姿に気持ちが揺らぐ】ことが生じ,患者の意思が分からないため医療者に治療を任せたこと,患者の意思を尊重したがこの治療で良かったのかなどの思いが表れていた。これらは,患者の回復を家族が確信できたことで収まる。しかし,家族は患者が回復しなければ決定した内容を後悔することや,元の状態に戻らない患者を目の当たりにし本当にこの治療で良かったのか悩むといった,家族自身が望んでいた患者の状態に戻らない場合は揺れる思いを持続させており,【治療結果としての患者の状態に左右される代理意思決定への思い】が現れていた。
考察
家族は衝撃と混乱の中で,責任が大きい患者の治療を決定していくことができない背景から,医療者に治療を任せていたと考えられる。栗原らは,家族自身で治療方針の選択を判断できる領域ではないと捉えており,治療の選択を医師に任せることでコーピング行動をとっている(栗原ら,2007)と述べていることからも,家族は自身の対処行動として治療の選択を医療者に任せていたことが考えられる。また,家族は治療の選択後も揺らぎを生じていた。この揺らぎは,衝撃的な出来事に遭遇してから治療の選択までのような先行きが不確かな状況に対する揺らぎの他に,本当にこの治療を選択して良かったのかという治療の選択内容に対する揺らぎであると考えられる。
本研究の目的は,生命の危機的状態で初療に救急搬送された患者の家族が辿る代理意思決定のプロセスを明らかにすることである。
方法
1.研究デザイン:質的記述的研究デザイン
2.研究対象者: 生命の危機的状態で初療に救急搬送された患者の代理意思決定を担い,患者がEICUへ入室後,生命の危機的状況を脱していると医師から判断されている家族15名
3.データ収集期間:2016年11月~2017年5月
4.データ収集方法および分析方法:インタビューガイドを用い,半構造化面接法を実施した。逐語録に起こした発言記録をデータ化し,事例-コード・マトリックスを参考に分析を行った。
5.倫理的配慮: 本研究はA大学倫理審査会および該当医療施設の審査を受け承諾を得た後に,対象者には研究目的,方法,研究参加の任意性,匿名性の確保や個人情報の保護,データの公表およびデータの管理方法について書面を用いて説明し書面で同意を得た。
結果
抽出された概念的カテゴリは,【衝撃的な出来事の中で錯綜する思い】,【直面した患者の状況に募る不安と恐怖】,【様々思い浮かべて,患者の意思を忖度する】,【大きく迷いながらも決断に向き合う】,【成果がみえない患者の姿に気持ちが揺らぐ】,【治療結果としての患者の状態に左右される代理意思決定への思い】の6つであった。
自らが倒れている患者を発見した家族,他者から連絡をうけた家族ともに【衝撃的な出来事の中で錯綜する思い】を経験していた。家族は実際に患者と会うことで【直面した患者の状況に募る不安と恐怖】を経験する。同時に患者の事前意思や家族背景,金銭的な気がかりなどにより【様々思い浮かべて,患者の意思を忖度する】中で,医師から治療を選択するよう求められ,【大きく迷いながらも決断に向きあう】ことになる。家族にとっては限られた時間での決断となるが,説明を聞いても内容が難しく想像もつかない状況や,患者に助かってもらいたい,病状や治療の知識がない,患者の治療を決めるには責任が大きいという背景から医師に治療を委ねていた。一方,医師が何度も説明を行った家族は,説明を理解し他の家族との話し合うことで決断できていた。意思決定後、自らが判断した家族,医療者へ治療を任せた家族ともに【成果がみえない患者の姿に気持ちが揺らぐ】ことが生じ,患者の意思が分からないため医療者に治療を任せたこと,患者の意思を尊重したがこの治療で良かったのかなどの思いが表れていた。これらは,患者の回復を家族が確信できたことで収まる。しかし,家族は患者が回復しなければ決定した内容を後悔することや,元の状態に戻らない患者を目の当たりにし本当にこの治療で良かったのか悩むといった,家族自身が望んでいた患者の状態に戻らない場合は揺れる思いを持続させており,【治療結果としての患者の状態に左右される代理意思決定への思い】が現れていた。
考察
家族は衝撃と混乱の中で,責任が大きい患者の治療を決定していくことができない背景から,医療者に治療を任せていたと考えられる。栗原らは,家族自身で治療方針の選択を判断できる領域ではないと捉えており,治療の選択を医師に任せることでコーピング行動をとっている(栗原ら,2007)と述べていることからも,家族は自身の対処行動として治療の選択を医療者に任せていたことが考えられる。また,家族は治療の選択後も揺らぎを生じていた。この揺らぎは,衝撃的な出来事に遭遇してから治療の選択までのような先行きが不確かな状況に対する揺らぎの他に,本当にこの治療を選択して良かったのかという治療の選択内容に対する揺らぎであると考えられる。