第15回日本クリティカルケア看護学会学術集会

講演情報

市民公開講座

[PEL] 99回挫折しても走り続ける

2019年6月16日(日) 11:10 〜 11:50 第3会場 (3F 小会議室31)

演者:山勢 拓弥(Kumae代表理事)
座長:深谷 智惠子(元亀田医療大学)

11:10 〜 11:50

[PEL] 99回挫折しても走り続ける~僕がカンボジアで活動する理由~

○山勢 拓弥1 (1. 一般社団法人 Kumae代表理事)

キーワード:市民公開講座

 2012年に日本の大学を中退し、ボランティアを目的にカンボジアに渡った。その時に偶然訪れたゴミ集積所で、都会から持ち込まれた悪臭や危険物、再利用可能な資源の混在したゴミ山で働く多くの人々と接し、「なぜ、ここで働いているんだろう」と疑問を持ち、ゴミ山に住み込んで働いてみることにした。毎日一緒にゴミの中から換金可能なものを拾いながらわかってきたことは、ほとんどの子供たちが「観光ガイド」「医者」「ゴミを拾う」以外の職業を知らないこと。そして親は「できればここで働きたくないが、これしかできない」と思っていることだった。これは、何の疑問もなく学校に通い、安全な生活が当たり前だった19歳の僕にとって、衝撃の出来事だった。幼いころ親に「将来生きる選択肢を増やすためにきちんと勉強しなさい」と言われ続けたことの意味が初めて理解できた瞬間でもあった。
 そこで、2013年8月に、カンボジア王国シェムリアップ州バコン郡アンルンピー村に日本語学校を設立し、無料で日本語を教えることにした。日本語ができることは彼らにとって憧れの「観光ガイド」に就ける貴重な能力であると考えたからだった。現地のクメール語もままならない僕が、日本語を教えるためには、クメール語の絵本・小学校・中学校の教科書などあらゆるものが破れるほど勉強しながらの毎日だった。開校当初は物珍しさもあって90名ほどの子供たちが集まったが、本気でガイドを育成したいと思い、宿題をやってこないと授業が受けられないルールを設けたところ、その数は減り、現在は15名の精鋭たちが学び日本語検定3級に合格するほどの成果を上げている。
 2014年になり、日本語学校での教育が少しずつ軌道にのってきたころ、「危険かつ不安定な収入にもかかわらずゴミ集積所で働くしかない親たちが、何らかの安定した収入を得る方法はないか」と考え始め、カンボジアの大自然の恵みを受けて育ったバナナの木から繊維を削り出し、叩いて柔らかくし、煮込んでドロドロにしたものを和紙のように漉いて乾燥させる、「バナナペーパー」作りに取り組んだ。その後、改良を重ね、ポリエステルなどの繊維を混ぜ、破けにくいバナナペーパー「Ashi」を使り、トートバッグや小物入れなども製作し、商店の一角を借りて販売できるようになった。現在では12人のスタッフを雇い、3つの店舗で比較的安定した収入を得ることができる成果を上げている。スタッフの一人は「安全で安定した収入を得る毎日が楽しく、もう二度とゴミ山には戻りたくない。拓弥の活動に心から感謝している」と話してくれた。
 また、村に通い続け、ゴミ集積所で働く人たちと対話をし続けてきたからこその信頼関係を生かし、観光ツアーも手掛けている。これは、単なる「見学ツアー」ではなく、電気もガスもない村での「体験ツアー」であり、学生にも大変人気のツアーとなっている。
 しかし、カンボジアでの生活がすべて順調に進んだわけではない。バナナペーパー工房の地主から突然の退去を命ぜられたり、スタッフにお金を持ち逃げされたり、暴漢から鉄パイプで殴られ大けがをしたり、工房建築中に電気のこぎりであわや切断のけがをしたり、貯金が底をつき何日も水だけで過ごしたり・・・。失敗を数えたらきりがないほどある。「ここにいて楽しいのは1%、99%はつらいことの連続だ」「日本でもっと楽に暮らそうかな」と弱音を吐きたくなる時もあるが、僕の中にある何かが僕をカンボジアにとどまらせてくれる。