第16回日本クリティカルケア看護学会学術集会

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教育講演

[EL4] 終わりなき挑戦~人はどこまで救えるのか?そして救えない時、私たちに何ができるのか?~

演者:鹿野 恒(鹿児島市立病院)

[EL4] 終わりなき挑戦~人はどこまで救えるのか?そして救えない時、私たちに何ができるのか?~

○鹿野 恒1 (1. 鹿児島市立病院)

Keywords:心肺蘇生、終末期医療、臓器提供

人はどこまで救えるのか?

救命救急医療の現場には心肺停止患者が日々搬送されてくるが、心肺蘇生の基本は薬剤投与や除細動を行い、何とか心臓を動かすことである。では心臓が動かなければ人は死ぬのか?世の中の一般常識として、あるいは医療者のほとんどが、心臓が止まれば人は死ぬ、心臓が動けば人は生きられる、と考えており、つまり心臓に人の生死の分かれ目があると考えている。

私は2000年よりPCPS(経皮的心肺補助)を用いた心肺蘇生術を積極的に行っており、救急外来に心肺停止患者が搬送され、いろいろな処置を行っても心拍再開しない場合には、その適応があればPCPSを迅速に導入する。すると、平均2~3日くらいで心臓は動き出し、長い場合には2週間後にPCPSを離脱して独歩退院していく。私たちのスタンスは「心臓が止まっても蘇生をあきらめない」であり、すなわち人の生死の分かれ目は心臓ではない。

しかしながら、どんなに医療を尽くしても救えない患者はいる。そんな時、私たちには何ができるのであろうか?

救えない患者のなかには脳死となる患者もいる。日本でも1997年に脳死下臓器移植が可能となり、2009年に本人の意思がなくても脳死下臓器提供が可能となる改正臓器移植法が成立した。

脳死は人の死か?それとも心臓死が死なのか?

医療者の多くもそのことに疑問を抱きながら、この臓器移植に向き合っている。私は2004年より救急医療の現場で臓器提供に関わり、今までに40例以上の臓器提供を行ってきたが、実は「脳死は人の死」とは考えていない。というより、患者家族と接している中で、温かく心臓も自分の力で動いている患者を死とは考えられない。しかしながら、一つだけ言えることは「脳死は現代の救命医療の限界点」ということである。すなわち、私たちは脳死となってしまった患者を「救う」というベクトルに戻すことはできない。必ず、脳死の患者はこの世から亡くなり逝くのである。先に述べたように、私にとって心臓が止まっていることは死に値しない。心臓が止まっていても、患者には「救う」というベクトルが残っているのである。

現場の救急医療では、脳死が死なのか、心臓死が死なのかを決めることが重要なのではなく、私たち医療者がプロフェッショナルとして、どこまで人を救えるのか、あるいは患者は限界を超えてしまったのか、を見極めることこそが私たちに課せられた使命である。そして、その限界を超えてしまった患者やその家族に対して、私たちがプロフェッショナルとして何ができるのか?そこに、救急集中治療における終末期医療があり、そのなかに臓器提供があるのである。

そして、2020年。私たちは新たなる救命のステップに進む。それは、病院外、すなわち救急現場において蘇生のためのPCPS導入を始める。

人の死を決めるのはまだ早い。