第16回日本クリティカルケア看護学会学術集会

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一般演題(口演)

[O1] 医療安全・感染管理

[O1-6] COVID-19 医療チーム派遣の経験から考える 新興感染症対応における倫理的課題

○辻本 真由美1 (1. 横浜市立大学附属市民総合医療センター 看護部)

Keywords:COVID-19、倫理的ジレンマ、DMAT

【目的】
 COVID-19 の感染者は中国武漢から世界へ拡大し、チャーター機で武漢から帰国した邦人は、国の宿泊施設などで潜伏期間の間、経過観察が行われた。帰国者の宿泊施設Aへの医療チーム派遣の経験を振り返り、新興感染症対応における課題を倫理的側面から検討する。
【方法】
 活動記録を基に倫理的ジレンマに関連する場面を抽出し、新興感染症対応における倫理的課題を検討する。
【倫理的配慮】
 所属施設の看護部倫理審査会の承認を得て、個人が特定されないよう配慮した。
【結果】
 帰国者は基本的に個室内で過ごし、他者との交流はできない状況だった。中には、スタッフへの要望やメッセージをドアに貼り、医療チームを呼び止め話す帰国者がおり、不安で人との接触を求めていると感じた。また、飲酒できない苦痛から帰宅を望む帰国者が複数おり、「悪いことをしたわけではないのに、なぜ制限されるのか」「そんな権利あるのか」という声が聞かれた。元々の宿泊施設の規則や、集団秩序の維持と言う観点と、個人の権利が対立しており、対応職員もジレンマを感じた。さらに、狭い室内での生活が続いており「ジョギングがしたい。PCR陰性で症状がなく室外で人と接触しないのに、行動を制限するのはおかしい」との訴えが聞かれた。施設Aの近隣から、感染リスクを心配する問合せが入るなど、近隣住民らの不安は強く、地域の安心と帰国者の行動の自由が対立し、行動制限をせざるを得ない状況にあった。少しでも快適な環境を維持したいと考えるが、リネンやゴミの回収業者が見つからず、社会の不安が阻害要因となった。そのような中、帰国者への対応に一貫性を欠くと理不尽さが強まるため、多層的に介入している各組織が良好なコミュニケーションを維持し、対応を決定していくことが重要だった。
 施設Aで働く職員は、帰国者から「自分達は帰れるからいいじゃないか」と言われながら、自らのコミュニティに戻ると周囲に感染源となるリスクのある人として見られる立場にあった。医療チームは、自らの安全を確保するだけでなく、自施設の病院関係者に不安を与えないことが課題だった。
【考察】
 COVID-19 は新興感染症であり未知のことが多く、前例で対応できないため、曖昧で根拠を欠いた対応となり、人々の不安と不満を強めるリスクがある。また、隔離のために人との交流ができないことが、不安を強め個人の対処能力を低下させる可能性がある。帰国者らは、感染拡大の防止という社会的な利益のために隔離に協力しているのであるが、飲酒など感染防止に直接関係しない行動も制限された。これは、社会の不安やパニックを回避するために、個人の利益や権利が制限されたと言える。また、個人の権利が制限される理由が不安や風評である場合、それを説明することでさらに個人を傷つける可能性があり困難が伴う。
 また、新興感染症に対応する職員は不可欠だが、職員の子どもが保育を拒まれるなどの社会問題が報じられている。対応職員が自施設やコミュニティから感染源となるのではないかと懸念され、根拠の無い不利益が生じると、負のスパイラルとなる。社会の利益のために働く職員の、権利と利益を守ることも重要である。
 これらの倫理的ジレンマの軽減に向け、医療チームの看護師として帰国者の心情に共感を示し、その人の努力が社会の利益に繋がっているという意味づけと敬意を示すことが求められると感じた。クリティカルケアで日頃実践している、危機介入や怒りへのケア、コミュニケーション能力が活用できると考える。そして、社会的な利益のために働く人を守るために、対応する職員の感染防護策を徹底し、可視化して社会に示すことが必要だと考える。