第22回日本救急看護学会学術集会

講演情報

教育講演

[EL10] 教育講演10

「救急看護師が子ども虐待に出会うとき」

演者 毎原敏郎(兵庫県立尼崎総合医療センター 小児科 周産期医療センター長・小児救命救急センター長・小児科科長)

[EL10-01] 救急看護師が子ども虐待に出会うとき

○毎原 敏郎1 (1. 兵庫県立尼崎総合医療センター 小児科 周産期医療センター長・小児救命救急センター長・小児科科長)

キーワード:児童虐待、早期発見、院内連携、Child Protection Team

2019年度に当院の救命救急センターを受診した患者数は25,071人(うち15歳未満の子どもは7,995人)、救急搬送件数は11,841件(うち15歳未満の子どもは3,005件)でした。また医療ソーシャルワーカー(MSW)が同年度に子ども虐待(疑いを含む)として関わった人数は175件で、その多くは救命救急センターを受診しています。痙攣が主訴で受診し急性硬膜下血腫・網膜出血・多発骨折があり虐待と診断した5か月児、院外心肺停止で受診し重篤なネグレクトが判明した10か月児、など。初療室のO看護師が出会ったのも、そんな中の1人の4歳女児でした。幼稚園の先生が身体の痣を見つけて児童相談所に通告し、一時保護所に行く前に職員に連れられて病院を受診したのです。初めて来た大きな病院、白衣を来て走り回る医師や看護師、救急車のサイレンやモニターのアラーム音、そして何よりもこれから家に帰るのではなく知らない所に連れて行かれること…。その子はどれほど心細かったことでしょう。それでも涙を見せることもなく気丈に振る舞う姿には、かえって家庭内でのストレスの大きさを感じるほどでした。診察と検査が終わり、医師が児童相談所の職員と話をする間、その子を見守る役割を担ったO看護師は、自分のiPhoneを取り出して動画を見せてしばらく2人で仲良く時間を過ごし、病院を離れる時にはその子はすっかり安心した笑顔でO看護師にバイバイと手を振って帰っていきました。この1件でO看護師は子ども虐待に関心を持つようになり、虐待に対する救命救急センター全体の意識が大きく変化するきっかけとなりました。

救命救急センターが果たすべき役割としてO看護師が挙げたのは、気になる子どもをキャッチできること、見つけたら誰かにつなぐこと、親を支援する気持ちも忘れないこと、特定妊婦にも適切に関わること、の4つです。医療者は「虐待が疑われる子ども」を見たら児童相談所に通告する義務だけではなく、早期発見をする義務も担っています。子どもを見る時には、「不適切な養育環境ではないか」というアンテナを常に張っておかないと、容易に見逃してしまいます。見つけたときには一人で判断して動くのではなく、複数の目で見て関わらないと方針を誤ることもあります。またほとんどの親は自ら望んで虐待しているわけではなく、自身の被虐待体験や日常のさまざまなストレスによって虐待に至ったのではないかと考えて、その親も「支援すべき存在である」という意識を医療者が持つことも重要です。特定妊婦やDV被害者が受診した時も、その個人だけではなく、子どもも含めた家庭全体を考えることが必要になります。

現在、当院では日本子ども虐待医学会が提供する児童虐待対応プログラムBEAMSを院内で定期的に開催し、救命救急センター内でも虐待の勉強会や症例検討会を行っています。院内の児童虐待対応組織(Child Protection Team:CPT)とは常に連携を取り、必要時にはその場で児童相談所や警察と連絡を取り合う地域のシステムがあります。また「問題行動(虐待を含む)」の背景にはその人のトラウマ体験が隠れている可能性も考えた関わりができるように、トラウマインフォームドケア(TIC)の研修も行っています。

救急の現場は命を救うことが最優先の課題で、常に緊張を強いられる場面の連続です。そのような中で「家庭内の環境」や「こころの傷」にも目を向けることは大変かもしれません。しかし、虐待を受けた子どもが医療機関を受診する機会は決して多いものではなく、その時に見逃してしまうと、虐待はさらに潜伏して深刻なものとなってしまいます。今回は当院の取り組みを紹介しながら、救急看護師が果たす役割を一緒に考える機会にしたいと思います。