The 67th Annual Meeting of the Japanese Association of School Health

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シンポジウム1
学校保健研究の原点にせまる―設立時の理念とその後の研究の展開から今後の方向性を探る―

コーディネーター:七木田文彦(埼玉大学),瀧澤利行(茨城大学)

キーワード:哲学・思想 調査研究 実践研究

学会の研究動向と導き出される課題
 日本学校保健学会設立趣意書(1954年)には,次のように学会の目的が記されている.
 「新たな学校保健の領域として健康学習並びに学徒・教職員・保護者・管理者等の保健活動等が制度として加えられ,一方において世界保健組織の新しい健康観が学校保健の新しき基盤としたとき同じくして取り入れられました.
然しながらこのような新しい学校保健の実践を推進すべき理論もまた指導力も,殆んどこれを欠くの状態であり(中略)医学各領域・教育学・心理学・社会科学関係領域等相協力し新しき学校保健に関する共同作業を更に強化すること」が目ざされた.
 その後,本学会は今日の法人化に至って,学会の開催,機関誌の刊行等,事業内容が明確化されたが,設立時に見る学会の目的と事業の方向性は,今も変わっていない.他方,時代の流れとともに,社会状況の変化や制度の変更が見られ,これに対応して,研究の内容や研究の方法は大きく変化した.
 その傾向を概観するならば,発足から1980年代頃までに「学校保健研究」誌に掲載された研究は,学校保健の普及に対する大きな枠組みの中で今後進むべき方向を意識していた.特に「特集」の掲載は,会員間で同時代の課題を共有する役割を果たし,それら学会で共有された課題意識や課題群に先導されながら個々の研究が徐々に蓄積されていった観がある.
 1990年代以降の研究は,PCや統計ソフトの普及によって,課題に対するアプローチが精緻な統計分析によって試みられるようになり,因果関係の探求に焦点化された研究が研究の中心に置かれ展開されるようになった.その際,研究の課題は,それまでの理念先行型の大きな枠組みの議論から,因果関係を一つ一つ明らかにし,精緻なエビデンスを積み重ねた上で,進むべき方向性を見出すといったより実証性を重視する研究へとあり方を変化させた.そのあり方は個々の研究のより実証性を高める上で大きな役割を担った一方で,一つひとつの研究が,課題の背景を機能的にとらえたり,根源的な課題との関係を見えにくくしたりする傾向を帯びた面を否定できない.そのため,学校保健に関わる課題を「大きな枠組みとして議論しにくい」といった傾向をもち,「学校保健研究」として精緻な研究が進められながらも,進むべき方向性が見出しにくく,ゆえに政策への関与や思想的な議論がしにくいといった状況を生み出した.
 これも,研究に使用するツールに影響を受けながら,実際に「行わなければならない研究」と「できる研究」を分化させてしまったように見える.こうした状況は,学校保健分野に限ったことではない.90年代以降にみられた多くの新学会の設立は,細分化された研究の状況を象徴している.
 近年,社会科学分野では,根源的な大きな枠組みを認識することから研究を哲学や思想といった側面から同研究状況をとらえ直そうとする発想が見られる.例えば,斎藤浩平の『人新世の「資本論」』(集英社新書)が人文系書籍としては異例の27万部の売り上げを示しているように,SDGsが叫ばれつつも,その根本的解決は,小手先の日常の行動にあるのではなく,資本主義の考え方や価値観の問い直しにあることを明らかにしている.こうした専門書が異例の売り上げを示しているのは,社会が立脚する考え方を根源的なところから問いなおそうとする現れである.
 そこで,本シンポジウムでは,七木田より学校保健研究の原点とこれまでの研究の動向について総括した後,①瀧澤利行氏から,学校保健研究の蓄積を歴史的に振り返りつつ,今後切り拓かれる研究の方向性について,②衞藤隆氏から,政策にアプローチする研究の可能性と医学分野からの教育へのアプローチについて,③佐見由紀子氏から,学校現場から見る学校保健研究と学会の研究のあり方についてそれぞれ報告をいただき,今後の学校保健研究によって切り拓かれる研究の方向性について議論を行う.