The 67th Annual Meeting of the Japanese Association of School Health

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教育講演

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教育講演1
学校現場の教育実践からエビデンスを生み出す方法とその課題

Sat. Nov 6, 2021 3:10 PM - 4:05 PM LIVE配信第1会場

座長:中垣晴男(愛知学院大学名誉教授)

3:10 PM - 4:05 PM

[EL1] 学校現場の教育実践からエビデンスを生み出す方法とその課題

講師:古田真司 (椙山女学園大学生活科学部教授)

〈プロフィール〉
1985年 名古屋大学医学部医学科卒業,1988年 愛知教育大学 助手,1991年 助教授,2004年 教授(養護教育講座),2012年 新設された愛知教育大学・静岡大学・共同教科開発学専攻(後期3年博士課程)で講義(保健教育内容論研究,教育評価実証方法論)および研究指導(創造系教科学分野)を担当.2017年 養護教諭の教育実践研究に特化した学会(日本養護実践学会)の設立に関わり,2019年から副理事長.

Keywords:教育評価 事例研究 教科開発学

はじめに
 学校保健が目指すべき研究主題は,まず第一に,その主役である児童・生徒の健康に直結する課題の解決であろう.そのためには,子どもを対象とした介入研究が必要になる.医学分野の疫学研究では,近年,人を対象とした介入研究によるエビデンスがより重視されるようになってきたが,学校保健分野の研究ではほとんど見られない.これには,学校現場における児童・生徒を対象とした研究には様々な制約があり,その実現が難しいという背景がある.しかし,このままでは,学校現場では有用なエビデンスはほとんど生まれず,一方では,教員の経験と勘による教育的介入は日々教育活動の一環として延々と行われているという矛盾があることも事実である.

学校現場でなぜエビデンスが生まれないのか
 学校現場でも,たとえば「授業研究」のような取り組みは頻繁に行われている.しかしその実態は,エビデンスを生むという科学的な意味での「研究」とは異なるものである.演者は,過去の著作の中で,学校現場の「研究」に関するいくつかの問題点を指摘してきた1 )2 )が,ここでは,その中で最も象徴的な特徴として「教育活動そのものとその成果が,渾然一体と記載されている」点を指摘したい.
 現場の研究では,授業等の教育活動の「工夫」こそが研究の中心であるので,その点に関する記述を詳しくする傾向がある.しかしそれが研究の「成果」ではないことは明らかである.いくら画期的な「工夫」をしても,児童・生徒に何らかの変化をもたらされなければ意味がない.ここに現場の「教育評価」に対する認識の甘さを見ることができる.
 ここでの「教育評価」(通常の研究で言えば「結果」そのもの)を厳密にすると,多くの教育活動は「効果がない」あるいは「意味がない」と判定される可能性もある.しかしこのような科学的な検証を経て有効とされたものこそ,本来は,学校現場で実践すべき科学的根拠(エビデンス)がある教育活動である.それを明らかにすることがまさに「研究」そのものであることを認識すべきである.

教育実践をエビデンスに変えるために
 学校現場では,エビデンスの質が高いとされるRCT(ランダム化比較試験)のような研究を行うことはほぼ不可能である.しかし,2つの群(介入群と対照群)を設定した授業研究などは,学術誌でも散見されるようになってきた.一方で,学校現場で頻繁に行われている教育実践の研究報告は,基本的には単なる「事例」紹介に過ぎないため,学校保健研究のような学術誌に掲載されることはまずない.仮に,統計を用いて前後の学習理解度の得点の変化が証明されたとしても,それが,1つの授業の評価であれば,教育実践の「事例」に過ぎないことには変わりがないからである.
 また,少人数の学級での実践や特別支援学校における研究などを含む学校現場での教育実践は,多彩な児童・生徒を対象とするという意味で,結果もバラツキも大きいと考えられる.そのため,こうした個別的,事例的な実践研究に対して,従来型の研究手法である数値化と統計処理で「有意差」を出して実践の意味を証明する手法では,その評価に限界があると思われる.このような観点から,学校保健分野においても,他分野の研究方法を参考にしながら,事例的な研究から科学的根拠(エビデンス)を見出す新たな研究手法3 )が求められていると考えられる.

教育実践事例の論文化に関する問題点とその解決方略
 本教育講演では,これまで演者が携わってきた「教科開発学」の視点から,この点に関する私見を述べていきたい.学校保健学の研究がより現場に近いものになり,主役である児童・生徒にスポットが当たる研究が,今後増えていくことを切に願っている.

<文献>
1) 古田真司:教科開発学における教育評価の重要性─保健分野の教育評価論からの一考察─,教科開発学を創る 第1 集(愛知教育大学出版会),p109‒123, 2017.
2) 古田真司:保健分野の教育実践を「論文」にするための視点─実践から科学的根拠(エビデンス)を抽出するために─,教科開発学を創る 第2 集(愛知教育大学出版会),p103‒116, 2018.
3) 古田真司:教科開発学における「教育実践事例」の論文化とその科学的根拠(エビデンス)に関する考察 教科開発学を創る 第3 集(愛知教育大学出版会),p153‒164, 2021.