15:10 〜 16:00
[1A29S] ヒトの出産の人類学的考察
─どうしてヒトは難産なのか─
キーワード:人類進化、難産
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1960(昭和35)年 6月東京生まれ。文京区立昭和小学校・第九中学校、都立北園高校を経て 慶應義塾大学文学部で考古学を専攻し、その後フランス・ボルドーI大学で人類学を本格的に学び、Ph.Dを修得(理学博士)。東北大学医学部助手、国際医療福祉大学准教授・日本歯科大学准教授を経て、現職にいたる。 専門:人類進化学・考古人類学 著書:「ネアンデルタール人類のなぞ」 岩波ジュニア新書451, 「ヒトはなぜ難産なのか」お産からみる人類進化 岩波科学ライブラリー197, 訳書:「ルーシの膝」Y. コパン(著)紀伊国屋書店
東京の水天宮には、月に2度ほどある戌の日には大勢の妊婦でごったがえす。どうして妊婦は戌の日に参拝するのだろうか。答えは安産祈願である。おそらく太古以来ヒトと一番長く共に暮らしてきた犬の出産が安産なことにあやかり、安産を祈念したものと思われる。おそらくヒトは地球上の哺乳類で一番難産であろう。「産みの苦しみ」という言葉があるように、一般的にお産は大変なことだという認識がある。どうしてヒトは難産なのだろうか。直立二足歩行に適応した身体構造と脳の大きさが主な要因である。ヒトと他の動物では産道の形態学的構造に大きな違いが存在する。哺乳類の産道は、一言で表現するならば、一直線の円筒形のトンネルである。それに対してヒトのそれはs字状の急カーブをともない、入り口部が直方体で出口が円筒形という複雑な構造をしている。さらに、一般的な哺乳類の産道は仙骨の前面、恥骨結合の後面には硬い骨が存在しないのに対して、ヒトの骨盤は、ヒトの産道は四方が骨に囲まれた状態である。骨盤の構造の違いに加えて、ヒトは立ち上がったため、内臓を骨盤で支えると同時に直立二足歩行という特異な運動を可能にするために殿筋群が非常に発達した。その付着部として幅広の腸骨が必要となった。骨が変化しただけでは直立二足歩行は不可能で、それを支え、動かす筋肉も変化させなければならない。四足獣の骨盤は、主に脚の基部としての役割でしかないのに対して、ヒトの骨盤は、上半身を支え重心線上に位置する体の要の部分である。ヒトの骨盤は四足獣の中でも特異な形態を持っていることが難産の第一次的な理由である。さらに骨盤の構造の他に、ヒトと他の哺乳類と大きく違う点がもう一つある。それは産道と胎児の頭の大きさの関係である。哺乳類の多くは産道の直径よりも頭の大きさが小さいのに対して、人類進化の過程で脳が拡大したヒトはほぼ同じである。つまり、産道が曲がりくねっていても、頭が小さければそんなに苦にならず通り抜けられる。しかし、ヒトは余裕が存在しない、途中で形の変化する曲線の筒を通らなければならない。そのために胎児は姿勢を変え、頭骨を変形させながらやっとの思いで出口に到達するのがヒトのお産である。本発表では、進化の結果生じたヒトの難産な理由とそれに対して人類がどうのように対処して来たかを考察する。
1960(昭和35)年 6月東京生まれ。文京区立昭和小学校・第九中学校、都立北園高校を経て 慶應義塾大学文学部で考古学を専攻し、その後フランス・ボルドーI大学で人類学を本格的に学び、Ph.Dを修得(理学博士)。東北大学医学部助手、国際医療福祉大学准教授・日本歯科大学准教授を経て、現職にいたる。 専門:人類進化学・考古人類学 著書:「ネアンデルタール人類のなぞ」 岩波ジュニア新書451, 「ヒトはなぜ難産なのか」お産からみる人類進化 岩波科学ライブラリー197, 訳書:「ルーシの膝」Y. コパン(著)紀伊国屋書店
東京の水天宮には、月に2度ほどある戌の日には大勢の妊婦でごったがえす。どうして妊婦は戌の日に参拝するのだろうか。答えは安産祈願である。おそらく太古以来ヒトと一番長く共に暮らしてきた犬の出産が安産なことにあやかり、安産を祈念したものと思われる。おそらくヒトは地球上の哺乳類で一番難産であろう。「産みの苦しみ」という言葉があるように、一般的にお産は大変なことだという認識がある。どうしてヒトは難産なのだろうか。直立二足歩行に適応した身体構造と脳の大きさが主な要因である。ヒトと他の動物では産道の形態学的構造に大きな違いが存在する。哺乳類の産道は、一言で表現するならば、一直線の円筒形のトンネルである。それに対してヒトのそれはs字状の急カーブをともない、入り口部が直方体で出口が円筒形という複雑な構造をしている。さらに、一般的な哺乳類の産道は仙骨の前面、恥骨結合の後面には硬い骨が存在しないのに対して、ヒトの骨盤は、ヒトの産道は四方が骨に囲まれた状態である。骨盤の構造の違いに加えて、ヒトは立ち上がったため、内臓を骨盤で支えると同時に直立二足歩行という特異な運動を可能にするために殿筋群が非常に発達した。その付着部として幅広の腸骨が必要となった。骨が変化しただけでは直立二足歩行は不可能で、それを支え、動かす筋肉も変化させなければならない。四足獣の骨盤は、主に脚の基部としての役割でしかないのに対して、ヒトの骨盤は、上半身を支え重心線上に位置する体の要の部分である。ヒトの骨盤は四足獣の中でも特異な形態を持っていることが難産の第一次的な理由である。さらに骨盤の構造の他に、ヒトと他の哺乳類と大きく違う点がもう一つある。それは産道と胎児の頭の大きさの関係である。哺乳類の多くは産道の直径よりも頭の大きさが小さいのに対して、人類進化の過程で脳が拡大したヒトはほぼ同じである。つまり、産道が曲がりくねっていても、頭が小さければそんなに苦にならず通り抜けられる。しかし、ヒトは余裕が存在しない、途中で形の変化する曲線の筒を通らなければならない。そのために胎児は姿勢を変え、頭骨を変形させながらやっとの思いで出口に到達するのがヒトのお産である。本発表では、進化の結果生じたヒトの難産な理由とそれに対して人類がどうのように対処して来たかを考察する。