[IS5-1] 公衆衛生の緊急事態に看護職が知っておきたいリスクコミュニケーション
2011年の福島原発事故等、わが国では公衆衛生が脅かされる緊急事態が発生するたびにリスクコミュニケーションの必要性が指摘され、対策も講じられてきたが、COVID-19対応の際も、リスクコミュニケーションの問題が繰り返された。その理由の一つに「公衆衛生の緊急事態」の文脈に適したリスクコミュニケーションを実装していなかったことがあげられる。この教訓をふまえ、わが国の医学教育モデル・コア・カリキュラム令和 4 年度改訂版では「SO-01-05: 健康危機管理」にリスクコミュニケーションが明記されるようになった。世界の動向としては、WHOが緊急事態の文脈に適したリスクコミュニケーション、米国CDCがクライシス・緊急事態リスクコミュニケーションの理論や概念、原則をそれぞれ開発し対応している。次に、看護職が患者やその家族等に対してリスクコミュニケーションを実践する際の留意点として、リスク認知とリスク説明、怒りや不信感への対応の視点からまとめる。リスク認知とは、リスクの特性や深刻性についての主観的な判断のことだが、この判断の仕方が、専門家と一般市民では異なる。リスクの判断には、アウトレイジが大きく関わる。アウトレイジとは、通常怒りと訳される英語であるが、ここでは、怒りの他にも、恐怖や懸念、不安等、リスクにより引き起こされたあらゆる負の感情を意味している。患者は「恐怖等で心が揺さぶられるとリスクを高く見積る」等の判断の仕方をする。アウトレイジが高まり過ぎると諦め、予防行動をとらなくなるため、危機下のリスク説明では、1)リスク情報と予防行動を同じタイミングで伝える、2)現在、実施している危機管理対策の内容も伝える、の2点が重要となる。「大変な状況だけれども、そのリスクを避ける策があり、自分はその行動をとることができ、危機管理も適切になされている」と患者にとらえてもらえたら、相手のアウトレイジは適切なレベルとなり、予防行動をとる動機づけに役立つ。また、相手の懸念に耳を傾け、ニーズにあった情報を、迅速に、透明性をもたせてオープンに誠実に伝えることが、怒りや不信感への対応で重要である。【参考文献】蝦名玲子.クライシス・緊急事態リスクコミュニケーション:危機下において人々の命と健康を守るための原則と戦略.大修館書店.2020.蝦名玲子.公衆衛生の緊急事態にまちの医療者が知っておきたいリスクコミュニケーション.医学書院.2022.