第56回日本作業療法学会

講演情報

基調講演

[A-7] 基調講演3

2022年9月17日(土) 14:40 〜 16:10 第1会場 (メインホール)

座長:村田 和香(群馬パース大学リハビリテーション学部作業療法学科)

[F-4] 基調講演3 作業を困難にする「健康の社会的決定要因(SDH)」とは?

講師:武田 裕子 (順天堂大学大学院医学研究科 教授)

 「病気や障害を抱えていて何らかの制約があったとしても、その状態にうまく適応すれば、働いたり社会参加したりできて健康だと感じることができる。同様に、年を取って機能が衰えても、上手な対処法を見出せれば自身のQOLは保てる」と、オランダの家庭医であるHuberは言い、「ポジティブヘルス」と名付けました。一方、「どのように社会とかかわれるかは、社会や環境要因といった外的条件によっても変わる」と述べています(1)。
 “人々が生まれ育ち、生活し、働き、そして歳をとるという営みが行われる社会の状態”を、WHOは「健康の社会的要因(Social determinants of health:SDH)」と定義し、健康格差の原因になるとしています。舗装されていない道路や段差などの物理的環境にとどまらず、雇用や収入、社会保障制度、さらには自立を阻害する差別や偏見といった社会状況は、困難を抱える人たちにこそ大きく影響します。
 カナダの作業療法士であるHammellは、“作業療法は「できるようにしていく」だけでは不十分で、できる機会も提供されないと意味がない”と述べています(2)。そして、障害そのものよりも貧困による環境要因の方がより作業を困難にしていると言います。経済的困窮は、教育や雇用の機会、適切な住居や移動手段を制限することで社会参加を阻害します。貧困の本質は、物質の欠乏ではなく社会的排除にあるとも言われます。居場所やつながりを失い、役割を奪われると、“できるようになりたいこと、できる必要があること、できることが期待されていること”を考えるのすら難しくなるでしょう。
 本講演では健康格差の社会や環境要因である「健康の社会的決定要因(SDH)」について概説します。日本作業療法士協会による「作業療法の定義」の注釈には、“作業に焦点を当てた実践”として、“手段としての作業の利用”“目的としての作業の利用”に加え、“これらを達成するための環境への働きかけ”が挙げられています。「環境」にどのように働きかけるのか、発表者が取り組む「やさしい日本語」(3)や「SOGI(性的指向・性自認)をめぐる配慮と対応」(4)も例に挙げてご紹介します。
 “作業を利用し、環境に働きかける”作業療法士は、SDHに真っ先に気づく立場にあります。健康とウェルビーイング、尊厳、生活の質につながる作業の選択肢や機会を提供する“作業的公正性(occupational justice)”について、SDHの眼鏡をかけて共に考えてみましょう。