[OA-11-4] 口述発表:脳血管疾患等 11脳死と診断された患者家族に対し交換ノートを用いた介入により感情表出や受容に繋がった一例―予期悲嘆へのケアに焦点をあてて―
竹内 奈月美
【はじめに】終末期患者の家族は,患者の死が避けられないと気付いた時点から予期悲嘆のプロセスを辿り,その心理過程は衝撃と無感覚の局面,否認の局面,苦悩する局面,受け入れていく局面を行きつ戻りつしながら辿る(鈴木,2003).また,予期悲嘆のプロセスは現実の喪失に対する心の準備を促進し,喪失の衝撃に耐える力を高めるといわれている.その為,予期悲嘆の達成を支援することは,家族援助の主要な課題であり,対象者と家族を一つの単位としてケアし,共に見守り乗り越えていくよう援助することが大切である.今回,脳死と診断された患者家族に対し,リハスタッフが交換ノートを用いて家族の思いや感情を引き出し,看護師,医師と連携を図り,家族に対する予期悲嘆へのケアを行った結果,気持ちの変化や受容への促進に繋がった為ここに報告する.なお,今回の発表に際し家族より同意を得ている.
【症例情報】70代男性.妻と2人暮らし.受傷前は現役の蒔絵師であり,人柄は優しく明るい性格であった.X月Y日,飲酒後に階段から転落しC5頸髄損傷を受傷し,Y+42日に当院転院となった.
【作業療法初期評価】
基本動作及びADLは全介助レベル.認知機能に問題はなく,発語表出可能な状態であった.家族の希望は「介護状態になっても必ず自宅に帰ってきてほしい」「少しでも良くなってほしい」であった.
【経過】Y+42日(転院初日)端坐位練習を開始し,家族は写真を撮るなど「嬉しい」と喜んでいた.Y+43日~急変し心肺停止状態となり,その後「脳死」と診断.医師より家族に説明が行われたが,家族から「改善しないと分かっていても治療をしないという選択はできない」との思いがきかれ,治療の継続とリハの再開が決定した.今回の症例は家族ケアが特に重要だと感じ,直接の会話だけでなく交換ノートを用いて思いの表出を促し,その記載内容を元に家族の心理状態や思いを医師や看護師と共有した.交換ノート開始時は「信じられない,回復してほしい」といった内容の記載が中心に書かれており,涙する場面も多々見られた.それに対してリハスタッフ,看護師は傾聴し共感する態度を示した.徐々に「不安になる」「怖い」など悲観的な記載が増えていったが,少しずつ笑顔が見られるようになり,家族側からの会話も増えていった.その後,患者ケアへの参加を促し,看護師協力の下,足浴や清拭などを家族と一緒に行った.初めてのことで戸惑う様子も見られたが,「最後にお父さんに関わることができて嬉しい」「お父さんの死と向き合う時間になった」など前向きな記載が増えていった.ノートは娘とのやりとりが中心であったが,最後には妻から「皆様との出会いに感謝」と書かれていた.
【考察】交換ノートは感情の言語化を促し,意識変化のきっかけになると先行研究よりいわれており,直接には話しにくい思いや感情を引き出すことができたと考える.その為,介入当初は予期悲嘆の心理的プロセスの否認の局面にいたと考えるが,家族とのやりとりにより,いつでも相談できる相手としての関わりや,医師と家族の間に立ちサポートすることが可能となり,苦しみを抱えながらも徐々に受容の局面への進行に繋がったと考える.更に,悲嘆の回復には家族が精一杯の看病ができたかどうかが影響するといわれており,家族がケアに参加できたことで,予期悲嘆の促進だけではなく,死別後の悲嘆の援助にも繋がるのではないかと考える.リハスタッフは患者家族に対し,家族と他医療スタッフ,家族間の橋渡しとなり,関わり続けることで精神的なケアなど死の受容へのサポートを行うことも重要な役割だと感じた.
【症例情報】70代男性.妻と2人暮らし.受傷前は現役の蒔絵師であり,人柄は優しく明るい性格であった.X月Y日,飲酒後に階段から転落しC5頸髄損傷を受傷し,Y+42日に当院転院となった.
【作業療法初期評価】
基本動作及びADLは全介助レベル.認知機能に問題はなく,発語表出可能な状態であった.家族の希望は「介護状態になっても必ず自宅に帰ってきてほしい」「少しでも良くなってほしい」であった.
【経過】Y+42日(転院初日)端坐位練習を開始し,家族は写真を撮るなど「嬉しい」と喜んでいた.Y+43日~急変し心肺停止状態となり,その後「脳死」と診断.医師より家族に説明が行われたが,家族から「改善しないと分かっていても治療をしないという選択はできない」との思いがきかれ,治療の継続とリハの再開が決定した.今回の症例は家族ケアが特に重要だと感じ,直接の会話だけでなく交換ノートを用いて思いの表出を促し,その記載内容を元に家族の心理状態や思いを医師や看護師と共有した.交換ノート開始時は「信じられない,回復してほしい」といった内容の記載が中心に書かれており,涙する場面も多々見られた.それに対してリハスタッフ,看護師は傾聴し共感する態度を示した.徐々に「不安になる」「怖い」など悲観的な記載が増えていったが,少しずつ笑顔が見られるようになり,家族側からの会話も増えていった.その後,患者ケアへの参加を促し,看護師協力の下,足浴や清拭などを家族と一緒に行った.初めてのことで戸惑う様子も見られたが,「最後にお父さんに関わることができて嬉しい」「お父さんの死と向き合う時間になった」など前向きな記載が増えていった.ノートは娘とのやりとりが中心であったが,最後には妻から「皆様との出会いに感謝」と書かれていた.
【考察】交換ノートは感情の言語化を促し,意識変化のきっかけになると先行研究よりいわれており,直接には話しにくい思いや感情を引き出すことができたと考える.その為,介入当初は予期悲嘆の心理的プロセスの否認の局面にいたと考えるが,家族とのやりとりにより,いつでも相談できる相手としての関わりや,医師と家族の間に立ちサポートすることが可能となり,苦しみを抱えながらも徐々に受容の局面への進行に繋がったと考える.更に,悲嘆の回復には家族が精一杯の看病ができたかどうかが影響するといわれており,家族がケアに参加できたことで,予期悲嘆の促進だけではなく,死別後の悲嘆の援助にも繋がるのではないかと考える.リハスタッフは患者家族に対し,家族と他医療スタッフ,家族間の橋渡しとなり,関わり続けることで精神的なケアなど死の受容へのサポートを行うことも重要な役割だと感じた.