第56回日本作業療法学会

講演情報

一般演題

精神障害

[OH-2] 一般演題:精神障害 2

2022年9月17日(土) 13:50 〜 15:00 第8会場 (RoomE)

座長:新宮 尚人(聖隷クリストファー大学)

[OH-2-5] 口述発表:精神障害 2統合失調症の病識と心理防衛的傾向,神経認知機能

病識は抑うつや心理的苦痛へとつながるか?

小川 泰弘12早川 智美3浦川 瑞生2福原 啓太4西川 隆4 (1森ノ宮医療大学作業療法学科,2社会医療法人北斗会さわ病院リハビリテーション科,3北林厚生会 五条山病院デイケアセンター,4奈良学園大学作業療法学科)

【はじめに】
 病識の低下は統合失調症の主要な特徴の一つであり,服薬アドヒアランスや再入院率など,臨床的に重要な変数との関連が示されていることから,病識低下につながる原因の究明に関心が集まっている.先行研究では,病識低下と神経認知機能障害との関連が多数報告されているが,それらの関連の強さは控えめなもので脳の機能障害のみで病識低下を説明することは困難であることが示唆されている.近年,高い病識が逆説的に抑うつや,自殺リスク,QOLの低下といった,個人の心理的な側面にマイナスの影響を与えているといった報告の蓄積により,病識の背景要因としての心理防衛的側面への関心が高まりつつある.本研究は,病識と心理防衛的傾向,神経認知機能の関連を検討し,病識の背景要因を明らかにすること,病識が抑うつや心理的苦痛など,個人の心理的側面に与える影響について明らかにすることを目的とした.
[仮説]①病識は心理防衛的傾向と関連がある②病識の高さは,抑うつや心理的苦痛と関連がある.
【方法】
 被験者は精神科デイケアに通所している統合失調症患者24名である.各被験者に対し質問紙を用いて,病識,心理防衛的傾向,セルフスティグマ,神経認知機能,抑うつ,心理的苦痛を測定した.病識の測定にはThe Insight Scale日本語版(IS)を用いた.ISは疾患に関連した内的な違和感や不安などを含む,患者の主観的な側面に焦点を当てた病識尺度である.心理防衛的傾向の測定にはThe Defense Style Questionnaire日本語版(DSQ)を用いた.DSQは「未熟な防衛」,「神経症的防衛」,「成熟した防衛」といった,防衛機制の水準を測定することを目的とした自記式尺度である.その他,以下の尺度を用いて各変数を測定した:ISMI(セルフティグマ),BACS-J(神経認知機能),BDI-Ⅱ(抑うつ),CORE-OM(心理的苦痛).ISと各変数の関連の検討には,Spearmanの順位相関係数を用い,有意水準はp<.05とした.本研究は森ノ宮医療大学学術研究委員会の承認を得て実施された(承認番号: 2020-115).
【結果】
 ISとDSQ-42「未熟な防衛」との間に有意な正の相関が見られた(r=.589; p<.01).またISとBDI-Ⅱ,CORE-OM,ISMI(ステレオタイプの是認,社会的引きこもり)との間に有意な正の相関が見られた(それぞれr=.569, p<.01; r=.415, p<.05; r=.446, p<.05; r=591, p<.01).一方でISとBACS-Jとの間に有意な相関はみられなかった.
【考察】
 本研究では,未熟な防衛傾向を持つものほど,病識が高いことを示す,一見矛盾した結果が得られた.未熟な防衛をもつものは,自分は精神疾患であるというラベルを容易に受け入れてしまう可能性が示唆された.そのラベルを容易に受け入れるということは,精神疾患に抗いながら,その疾患が自分の一部であることを受け入れていく過程の中で生まれる葛藤を経験しなくても良いという意味で,一時的には自分を楽にするのかもしれない.しかしながら,その未熟な防衛の結果としての病識(精神疾患のラベルを受け入れること)は,抑うつや心理的苦痛として当事者を苦しめてしまう可能性も同時に示唆された.ISで測定された病識が,ISMIで測定されたセルフスティグマ(ステレオタイプの是認や社会的引きこもり)と関連が見られたこともそれらの主張を補足するものであると考える.ISとBACS-Jの関連が見られなかったことからも,ISで測定される病識は,洞察というよりも精神疾患に対する態度やラベルの受け入れと捉えることができるかもしれない.