第56回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

脳血管疾患等

[PA-11] ポスター:脳血管疾患等 11

2022年9月17日(土) 15:30 〜 16:30 ポスター会場 (イベントホール)

[PA-11-5] ポスター:脳血管疾患等 11課題指向型練習後に上肢機能の改善を認めるも麻痺手使用の向上が乏しかった脳卒中症例~停滞要因の考察~

原 健介1中田 佳佑1内沢 秀和1生野 公貴1 (1医療法人 友紘会 西大和リハビリテーション病院リハビリテーション部)

【はじめに】脳卒中後の上肢運動麻痺に対する課題指向型練習は,対象者の目標や価値観,嗜好性をもとに上肢パフォーマンスの向上を導く介入である.今回,脳梗塞により上肢運動麻痺を呈した症例に対して課題指向型練習と実生活における麻痺手使用場面の設定を試みたが,汎化が乏しかった要因について多角的な視点から考察する.
【症例紹介】症例は,右中心前回から中心後回にかかる脳梗塞と右後頭葉の出血性梗塞を発症し,左片麻痺と軽微な左半側空間無視,左視野障害を呈した70代女性である.発症40病日後に当院に転院となった.入院時のFugl-Meyer Assessment(FMA)は27点(肩肘前腕25/手0/手指2/協調性0)で,手指は僅かな集団屈曲を認めた.Action Research Arm Test(ARAT)は2点で,MotorActivity Log(MAL)のAmount of Use(AOU)とQuality of Movement(QOM)は0点と生活では麻痺手を使えなかった.麻痺手に対して「茶碗を持てるようになりたい」と希望があったが,「どこまで治るかな」といった不安や「左手は使い物にならない」と否定的な表出があった.入院初期より,機能改善を目的に電気刺激を併用した単関節運動と両手運動を行った.発症70病日には,FMA41点,ARAT20点へと改善を認め,茶碗の把持に必要な肘関節屈曲位での前腕回外位が可能となった.そこで,難易度調整として小皿や茶碗を用いた課題指向型練習を行うと,実際の食事で「小皿を持ってみた」と麻痺手の自発的な使用が見られ始めた.発表に際して本人より手記にて同意を得た.
【経過】発症101病日でFMA44点(肩肘前腕27/手7/手指5/協調性5),ARAT29点,AOUとQOM1.9点と複数の項目で改善を認めた.一方で,手指の分離が不十分で「お味噌汁が持ちにくくこぼれないか心配」と食事での使用は困難であった.短対立装具を用いると把持が可能となり「やってみる」との発言があったが,実生活では失敗を恐れて麻痺手使用に至らなかった.そこで,麻痺手使用の難易度を下げて成功体験を増やす目的で,食事の詳細な段階付けが可能なADOC-Hを用いて麻痺手使用場面を共有し,書面でセルフモニタリングを促した.発症135病日にはFMA50点,ARAT34点と改善を認め,AOU2.2点で更衣や整容での麻痺手使用が増加した.食事では,麻痺手使用が増加したが「左手で茶碗を持ち続けることを意識しすぎて食べにくい」との発言があり,動作の質をモニタリングする目的で書面に満足度とコメント欄を設けた.退院時(発症178病日)はFMA51点,ARAT35点と上肢機能の改善は停滞した.AOUとQOMは2.2点で書面でも食事の満足度は向上していなかった.コメント欄は機能障害への訴えだけでなく,成功動作と失敗動作の両方の記載を認めた.しかし,経過と共に失敗体験のみが印象に残り,「できないことばかり」と再び不安を感じる言葉があり,一定以上の使用頻度の増加を得ることができなかった.
【考察】本症例に,課題指向型練習を実施し,機能面の補助として短対立装具を用いた難易度調整や書面にて使用場面の共有を行い,麻痺手使用を促した.コメント欄での内省の変化は,セルフモニタリングの促進に繋がったと考える.一方で,失敗体験に影響されやすい心理特性が背景にある本症例は,行動抑制因子として麻痺手使用の頻度に影響したと考える.また,一次運動野損傷による手指領域の運動麻痺の改善の停滞も遂行時の満足度の低下に影響したと考える.麻痺手使用場面の共有に際し,対象者の心理特性,運動機能と難易度調整の関係性,成功体験と失敗体験のバランスは麻痺手使用を阻害する因子となる可能性があり,それらのマネジメントが重要であると考える.