第56回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

脳血管疾患等

[PA-4] ポスター:脳血管疾患等 4

2022年9月16日(金) 15:00 〜 16:00 ポスター会場 (イベントホール)

[PA-4-8] ポスター:脳血管疾患等 4重度の自発性低下を呈した症例に対する情動メカニズムに着目した一介入

平見 彩貴1寺田 萌1藤原 瑶平1市村 幸盛1 (1医療法人穗翔会村田病院リハビリテーション部)

【はじめに】自発性の低下はADLの回復の妨げとなる.自発的な行動生起には,情動・感情的処理,認知的処理,自動活性化処理の3つの継続過程が重要(Levyら,2006)とされ,酒井(2018)はどの過程に障害があるかを特定し介入する必要があると述べている.今回,くも膜下出血後の一症例に対し,この3つの処理過程に着目して評価および介入を行ったところ良好な結果を得たため報告する.
【症例】本報告に同意を得た80歳代女性.くも膜下出血を発症,同日にコイル塞栓術を施行し,スパイナルドレナージが留置となった.損傷は前頭前野眼窩部/内側部,前部帯状回に及んだ.運動麻痺は認めなかった.病前は軽度認知症を呈し,ADLは見守りと声掛けを要していた.
【作業療法評価(発症後16日~30日)】Levyらの情動メカニズムに基づいて,ADL場面を中心に評価を行なった.情動・感情的処理に関しては,失禁を知覚しても不快感を訴えなかった.認知的処理に関しては,トイレへ誘導しても動作順序が分からず混乱した様子で,洗面所では手を洗おうとするが蛇口をひねることが出来なかった.自動活性化処理に関しては,トイレでは立ち上がり時に手を引くような身体介助が必要で,食事は食べ始めても動作が停止するため食器を持たせるなどの介助を要した.病棟内では一日を通してデイルームで座っているのみで自発的な行動はなく,どの生活行為に対しても「やる気が起きません」と答えた.一方で,病前から馴染みのある家事動作や折り紙を呈示すると笑顔を見せるなどの感情表出があり,自ら行動を開始することも可能であった. MMSEは10点であった.
【病態解釈・治療仮説】ADL場面から,情動メカニズムのすべての処理過程に障害が認められた.一般に,自発性低下の中核症状は自動活性化処理の問題であり,代償が難しいといわれている(村井,2009).しかし,本症例においては病前から馴染みのある活動に限り情動・感情が喚起され自発的な行動が可能となる一面が観察された.そのため,情動・感情的処理を利用した介入は自発的な行動を生起させるきっかけとして有効であると考えられた.したがって,介入は情動・感情が喚起される作業を選定し,認知的処理に対する負荷はできる限り少なくなるようなプログラム設定とすることとした.加えて,精神運動性の向上が3つの処理過程の働きを促進する(酒井,2018)ことを考慮し,歩行などの全身運動も取り入れることとした.
【介入】歩行器や平行棒内での歩行練習後に,症例の好む洗濯畳みや机拭き,折り紙をそれぞれ工程数を段階付けながら実施した.その際,療法士は情動を賦活することを意図した声掛けを行った.期間は一日1時間,2カ月間実施した.
【結果】発症3カ月後,多少の日差はあるものの,失禁を知覚すると不快感を訴えるようになり,ADL動作においては促しに対して意欲を示すようになった.トイレ動作と手洗い動作は開始時の声掛けのみで行えるようになり,最後まで停止することはなくなった.また,興味を持った作業に対し自らやりたいと訴え,病棟内では他患者と笑顔で会話を楽しむ様子や,自発的に雑誌を読む,自室の整理整頓をするなどの行動がみられるようになった.MMSEは12点となった.
【考察】自動活性化処理を制御する前頭前野内側部の損傷に起因する行動開始の問題は残存したものの,声掛けに対する情動面の反応性向上に伴いスムーズな行動が可能となった.ADL場面の観察から処理過程ごとの病態を推察し,それぞれに合わせた介入を提供できたことがADLの改善に繋がったと考えられた.