第56回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

神経難病

[PE-4] ポスター:神経難病 4

2022年9月17日(土) 14:30 〜 15:30 ポスター会場 (イベントホール)

[PE-4-3] ポスター:神経難病 4多発性硬化症の急性増悪により重度右片麻痺を呈した症例がトイレ動作を再獲得するまでの作業療法経過

室橋 里奈1篠田 裕介1小泉 亜耶1前田 恭子1山元 敏正2 (1埼玉医科大学病院リハビリテーション科,2埼玉医科大学脳神経内科)

【はじめに】
多発性硬化症(MS)・視神経脊髄炎診療ガイドライン2017では,運動療法の有効性は示されているが,日常生活動作(ADL)練習に着目した報告は少ない.ADLの中でも排泄は頻度が高く,自尊心に影響を及ぼす生活行為であり,機能的自立度評価表(FIM)の複数項目に関連している.今回,MSの急性増悪により重度右片麻痺を呈し,自立の希望が強かったトイレ動作を再獲得できた症例を経験したため,作業療法(OT)経過を報告する.なお,本報告は本人の同意を書面で得た.
【症例】
症例は右利きの30歳代女性.既往にパニック障害あり.発症前のADLは自立.左上下肢の脱力感,顔面の感覚障害が出現し,当院を受診.MSの診断で,ステロイドパルス療法(IVMP)を3クール施行.約2ヵ月で独歩・ADLは自立,Kurtzke総合障害度スケール(EDSS)は1.5,Mini Mental State Examination-Japanese(MMSE‐J)は29点に改善し自宅退院.初診8ヵ月後,右上下肢の脱力感,構音障害が出現.MSの急性増悪として他院でIVMPを開始.症状が改善せず,翌日に当院へ転院(第1病日).
【初回評価と介入】
第4病日からOT開始.JCS1.易疲労あり.右上下肢筋力は徒手筋力テスト(MMT)0~1,FIMの運動項目(m-FIM)は16点,基本動作とADLは全介助,EDSSは9.0であった.「一人でトイレに行きたい」との希望が強かったが,m-FIMの排泄関連項目(トイレ移乗,トイレ動作,排泄管理)は8点であった.高次脳機能は精神面の影響から施行困難.現状への不安が強く,感情失禁を頻回に認めていた.OTでは易疲労と精神面を考慮し,病棟環境におけるベッドからトイレへ行くまでの一連の動作練習から開始した.
【経過】
3クールのIVMP終了時(第18病日),右上下肢筋力はMMT1~2,m-FIMは23点と改善したが,病棟では手すりの設置位置の影響がありADLの拡大には至らなかった.また,OT時に注意が持続しない様子や動作手順が覚えられず,注意機能や記銘力,学習能力の低下を疑う場面がみられた.その際のMMSE‐Jは25点,その他の高次脳機能評価は同意が得られず施行困難であった.カナダ作業遂行測定(COPM)では「一人でトイレに行く」が重要度10,遂行度と満足度は1であった.OTでは,希望が強いトイレ動作の再獲得に向けた動作の反復練習を重点的に実施した.
3回目の血漿交換療法後(第31病日),身体機能とADL能力は徐々に改善(MMT2~3,m-FIM30点).第52病日に7回目の血漿交換療法が終了.第55病日,ベッドとトイレ間の車椅子移動を含めたトイレ動作が自立に至り,同時に入浴以外のADLが車椅子使用にて自立した.最終評価時(第75病日),右上下肢筋力はMMT4~5,m-FIMは75点,m-FIMの排泄関連項目は26点,EDSSは5.5,MMSE‐Jは28点に改善.COPMのトイレの項目で遂行度は8,満足度は9へ向上.第76病日に回復期病院へ転院.
【考察】
上記ガイドラインでは,IVMPの効果が不十分な症例に対して,血漿交換療法を行うことの有効性が示されており,本症例も同様に血漿交換療法後に改善が見られた.本症例は自宅退院には至らなかったが,身体機能の回復過程に合わせた介入と並行してトイレ動作練習を反復したことで身体的および精神的耐久性と安全性が向上し,動作の安定性が得られ,トイレ動作自立に繋がったと考える.さらに,その結果がCOPMの遂行度と満足度の向上,すなわち生活の質の向上にも繋がったと考える.