第56回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

認知障害(高次脳機能障害を含む)

[PK-3] ポスター:認知障害(高次脳機能障害を含む) 3

2022年9月16日(金) 14:00 〜 15:00 ポスター会場 (イベントホール)

[PK-3-5] ポスター:認知障害(高次脳機能障害を含む) 3視覚情報の処理が困難な症例が食事摂取に至るまでの介入経験

柳沢 知美1駒場 一貴13渡部 喬之23 (1昭和大学藤が丘病院,2昭和大学横浜市北部病院,3昭和大学保健医療学部作業療法学科)

【はじめに】脳出血後に視覚情報処理の困難さから,食事が全介助であった症例を担当した.症例は統覚型視覚失認により食物が認識できず,加えて右上肢の視覚性運動失調により食物へのリーチが困難であった.症例に対し,保持されていた体性感覚,左上肢機能,前頭葉機能を利用し介入を試みたところ,食事が自己摂取可能となったため報告する.なお,本症例に発表について説明し同意を得ている.
【症例紹介】90代女性,右利き,病前ADLは独居で自立していた.娘の電話に応答なく,翌日に倒れている状態で発見され,当院に救急搬送となった.左後頭葉から頭頂葉に広範な出血と脳室穿破を認め,保存加療の方針となった.CT画像所見より,左後頭葉から側頭葉への腹側経路,下頭頂小葉への背側経路に損傷を認めたが,側頭葉のウェルニッケ野,頭頂葉の感覚野に明らかな損傷は無かった.3病日より作業療法を開始し, 食事への介入は20病日目より実施した.
【作業療法評価】認知機能低下を認めたが日常会話は可能であった.感覚障害や麻痺症状は認めず,嚥下機能は保たれていた.視覚機能は右同名半盲を認めた.高次脳機能は物体失認,失読を主とした視覚性失認を認め,模写は困難であり物品の認識ができなかった.右上肢に視覚性運動失調,観念失行を認め,物品へのリーチが困難であった.一方で左上肢の左空間へのリーチは問題なかった.HDS-Rは検査拒否があり中断したが,会話の中で即時再生,計算,語想起は可能であり,前頭葉機能は比較的保たれていることが予想された.食事では食物の認識が困難であり,全介助で摂取させようとすると拒否があった.また,右上肢の視覚性運動失調の影響により食物へのリーチが困難であり,動作が停止し摂取につながらなかった.一方,観察より箸操作は可能で左上肢の随意性は良好であった.
【治療方針・介入】食事の認知に対して,物体認知が困難であるため保持されている体性感覚,主に触覚刺激を用いて把握できるように促した.右上肢の視覚性運動失調に対しては,保たれている左上肢機能と前頭葉機能を活用した.左上肢で食物の位置の確認し,その位置に右上肢をリーチして摂取するという,新たな動作手順の獲得を期待し介入を行った.作業療法士による指示は,失読と認知機能低下があっても伝わるように聴覚刺激で簡潔に行った.作業療法は介入開始日より7日間,約40分実施した.
【結果】左上肢の触覚刺激にて食物の認識が可能となり,落ち着いて食事が可能となった.右上肢の視覚性運動失調は残存したが,左上肢で食物の位置を把握し,そこに右上肢をリーチすることで,右上肢で食事摂取が可能となった.介入1週間後にはセッティングにて,自己にて摂取可能となった.嗅覚や味覚にて食べ物が何であるか認知が可能となり,「美味しい」との発言が増え,拒否が見られなくなった.
【考察】今回,視覚情報処理の困難さから食事が全介助であった症例を経験した.視覚性運動失調は視覚と運動の離断,または視空間認知と体性感覚の連合障害により生じる.本症例は前者であり,そのため体性感覚や左上肢機能を十分に活用することで,空間における自身の位置,対象物と自身との距離感を学習し動作の再構築に繋がったと考える.また,前頭葉機能が保持されていたことから,新たな動作手順が混乱なく獲得できた.本介入は視覚処理障害に対し,症例の利点を活用することで,食事の自己摂取が再獲得できたと考える.