第56回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

認知障害(高次脳機能障害を含む)

[PK-5] ポスター:認知障害(高次脳機能障害を含む) 5

2022年9月17日(土) 10:30 〜 11:30 ポスター会場 (イベントホール)

[PK-5-4] ポスター:認知障害(高次脳機能障害を含む) 5注意障害と記憶障害を呈した神経膠腫の一症例

環境調整と代償手段の治療的利用

田中 かなで1上田 将也1山脇 理恵1松田 秀一2荒川 芳輝3 (1京都大学医学部附属病院リハビリテーション部,2京都大学大学院医学研究科整形外科学,3京都大学大学院医学研究科脳神経外科学)

【はじめに】
今回,右側頭葉から島皮質に神経膠腫を認め,注意障害と記憶障害を呈した症例を担当する機会を得た.本症例は記憶の低下に対して気づきがあり,環境調整と代償手段が奏功したため報告する.発表に際して本人の同意を得た.
【症例情報】
A氏,60歳代,右利きの男性,妻と息子の三人暮らしであった.X-15日に歩行時の膝折れと物忘れが目立つようになり,精査・加療目的でX-11日に当院入院となった.X-7日から術前作業療法評価・介入を開始し,X日に開頭脳腫瘍摘出術を施行され,X+2日から術後作業療法を開始した.
【作業療法評価(術前X-7日~X-4日)】
身体機能は左同名半盲,左片麻痺(Br.stage:上肢Ⅴ手指Ⅴ下肢Ⅳ)を認めた.高次脳機能評価はMoCA-J 25/30点,TMT-A 92秒(+2SD以上),TMT-B実施困難,HVLT-RのT score再生合計 25,遅延再生36,Rey複雑図形のT score 3分後再生31,30分後再生27であった.ADL動作はBI85/100点で移動時に膝折れがあり,転倒リスクは高かった.また自発性が低く,準備の声かけを要した.内省では「ナースコールを押すことを忘れてしまう.」との発言が聞かれた.
【統合と解釈】
評価結果から運動麻痺や注意障害,記憶障害といった問題が,ADL動作能力低下の原因であると考えた.一方,A氏から記憶の低下に対しての気づきが認められたため,代償手段を獲得できる可能性があると考えた.以上より,退院後の生活で,記憶の低下の気づきを活かし,代償手段を活用して安全管理や予定の確認を行えることを目標に介入を行った.
【方法】
介入Ⅰ期(X+7日~X+26日)はADL動作練習に加え,ベッドサイドやトイレにナースコールを押すように注意喚起の張り紙を貼り,気づきにつながる環境調整を行った.Ⅱ期(X+27日~X+43日)は自発的に行動できるよう行動予定表をA氏とともに作成し,病室の見えやすいところに掲示した.さらにA氏は普段からスマートフォンを使用していたため,アラーム機能を活用し,アラームが鳴ると予定表を確認するように練習した.Ⅲ期(X+36日~X+43日)は,退院後の生活で必要な階段昇降や料理,屋外歩行等の評価を行い,注意点やその対応をチェックリストにまとめ,A氏とご家族へ共有した.またA氏と家族に行動予定表を渡し,使用方法の説明を行った.
【結果(退院前X+39日~X+41日)】
左同名半盲は残存したが,著明な運動麻痺は認めず,ADL動作はBI100/100点となった.高次脳機能評価はMoCA-J25/30点,TMTA43秒(+1SD以上),TMTB222秒(+2SD以上),HVLT-RのT score再生合計25,遅延再生36,Rey複雑図形のT score 3分後再生55,30分後再生51と著しい粗大な注意の低下と視覚性記憶は改善した.一方,選択性・分配性注意の低下と言語性記憶障害は残存した.退院後は1日の予定表を確認し,行動できるようになった.
【考察】
高次脳機能障害者が社会復帰する際には,自身の障害にどの程度気づいているかが一つの鍵となっていると報告されている(長野,2012).本症例においては,術前の評価時から記憶の低下に対しての気づきが認められた.そのため,代償手段を活用できるように環境調整を行い,発症前より使用習慣があったデバイスを利用する事で代償手段の定着を促した.その結果,代償手段の早期獲得につながり,ADL動作が向上したと思われる.