第57回日本作業療法学会

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一般演題

脳血管疾患等

[OA-1] 一般演題:脳血管疾患等 1

Fri. Nov 10, 2023 12:10 PM - 1:10 PM 第3会場 (会議場B1)

[OA-1-3] 意味のある作業の実践により役割期待に変化が生じた一症例

中山 雄太郎1, 麓 文太2,5, 菊池 祐介3,5, 中川 弘隆4 (1.IMSグループ医療法人社団明芳会 横浜新都市脳神経外科病院リハビリテーションセンター, 2.社会医療法人髙橋病院リハビリテーション科, 3.函館医師会看護・リハビリテーション学院作業療法学科, 4.医療法人社団 函館脳神経外科病院作業療法課, 5.東京都立大学大学院人間健康科学研究科作業療法科学域)

【はじめに】高次脳機能障害により習慣としていた作業の喪失が生じた症例に対し,症例の反応や家族からの情報に基づき,作業に焦点を当てた支援を行った.その結果,習慣の一部が再構築され,家族からの役割期待の変化に繋がったため以下に報告する.なお報告に際し,症例及び家族に同意を得ている.
【事例紹介】A氏,50代男性,左脳出血を発症し19病日より一般病棟へ入棟した.妻と2人暮らし.病前は家具職人をしており,周囲からも信頼されていた.休みの日は家庭内の役割として掃除や洗濯,朝食作り,コーヒーを毎朝淹れていた.
【作業療法評価(19∼23病日)】高次脳機能は全失語に加え,行動性無視検査(以下,BIT)135/146点と右半側空間無視を認めた.ADLはFIM79点(運動57点,認知18点)で道具の誤使用や道具を探し見つけ出せない様子があり,失行が疑われた.また,できた事ができない,言葉の表出が困難な事によるストレスや落胆が見られた.家族からは介護負担に対する予期不安があり,ニーズとして食事とトイレの自立が挙げられた.
【介入経過】家族のニーズに合わせた支援を行った時期(19∼33病日):A氏は頷きでYes/Noの質問返答は可能であった.Aid for Decision-making in Occupation Choice(以下,ADOC)での聴取を試みたが,表出が困難であった.そのため家族の希望であった食事,トイレの自立に向けた支援を行った.訓練室では道具の選択,周囲の環境に困惑したため,病棟環境での直接訓練にて誤りが生じないように支援した.結果,食事では道具の選択と使い方,トイレは系列動作のエラーが減少し自立となった.
A氏の興味,関心に合わせた支援を行った時期(34∼48病日):単語レベルの発語,簡単なイラストでのやり取りが可能となったため,再度ADOCを実施すると炊事,洗濯を指さし,コーヒーの写真をみると「飲んでた」と興味を示した.各々の遂行場面の評価から,行為の開始,手順,道具の使用方法等に関して問題が観察され,支援を要したが,運動技能は概ね良好であった.これらの作業の中から,病院生活でも習慣となりうるコーヒー淹れに対して介入を行った.介入は誤りなし学習を利用して行った.結果,40病日にはコーヒー淹れが自立し,作業療法介入の初めに習慣として取り入れることが可能となった.
【結果】BITの点数に変化はないが,観察上にて右半側空間無視の改善を認めた.ADLはFIM105点(運動79点,認知26点)となった.また朝食作り,洗濯干し,コーヒー淹れは環境調整下にて自立となり,A氏からはできるようになった作業を通して笑顔が増えた.家族に作業遂行の場面の動画や写真を提示すると,家族から「こんな事ができるとは正直思わなかった.実際に家でやってもらおうかな」と笑顔で話された.
【考察】高次脳機能障害の診療において,Doing, Being, Becoming, Belongingを考慮した支援は高次脳機能障害を有する人とその家族に希望を与え得る(早川,2018).また,作業的存在であるためにはDoingが基盤となる(Wilcock, W. A. et al, 2014).今回,朝食作り,洗濯干し,コーヒー淹れといった作業は入院中の習慣(Doing, Being)となり,それは発症後に喪失したA氏の役割期待の再獲得(Becoming, Belonging)に繋がったと考える.しかし,それらの作業は環境調整下で再獲得されたものであり,異なる環境にてDoingが喪失されないよう,家族や他職種との十分な連携が必要である.