第57回日本作業療法学会

講演情報

一般演題

脳血管疾患等

[OA-12] 一般演題:脳血管疾患等 12

2023年11月12日(日) 08:30 〜 09:30 第2会場 (会議場A1)

[OA-12-5] チーム治療により局所性ジストニアの改善がみられたピアニストの一事例

安間 真理子1, 杉山 善彦1, 北出 知也1, 大木 雅智1, 重松 孝2 (1.浜松市リハビリテーション病院リハビリテーション部, 2.浜松市リハビリテーション病院リハビリテーション科)

【序論・目的】局所性ジストニア(Focal dystonia,FD)は演奏家の1%が罹患していると言われ,演奏の質に深刻な影響を及ぼす.数々の治療方法は紹介されているが,国内のリハビリテーション実践報告は未だ少なく,事例経験の蓄積が求められる.
【方法】今回,当院の演奏家運動障害診療チームにおいて,複数のアプローチを実施し症状の改善を来した事例を以下に報告する.なお,本報告は症例本人より書面による同意を得た.
【事例紹介】50歳代女性.職業はピアノ講師・伴奏業.音大卒業後に海外留学し,現職に至る.40歳代に演奏時の右指の違和感が生じ,演奏ミスが増えたが練習不足と思い,練習時間を増やし運指や演奏方法を工夫したが,10数年かけて症状は悪化.難易度の低い伴奏曲も難しい状態となり当院を受診.FDの診断で作業療法(OT)と理学療法(PT)を開始した.
【初回評価】症状は右中指と環指で鍵盤打鍵時MP・PIP・DIPに意図と反する過屈曲が出現,同時に示指と小指が伸展する.複雑な運指やテンポの速い演奏で症状が増強する.演奏以外の日常生活は問題なし.右手指外転MMT2以外は上肢手指の関節可動域,筋力,感覚機能に著明な低下や左右差なし.PTからは体幹機能の低下による非対称性が指摘された.
【治療経過】経頭蓋直流電気刺激(tDCS)を強度2mA・20分間で10日間の集中治療を実施.運動前野上の頭皮に電極(左に陰極,右に陽極)を置いた.刺激中は左右対称の音階を繰り返し演奏した.並行して静的スプリントを作製(中指と環指の屈曲制動).集中治療以後は週1回tDCSを継続.A型ボツリヌス毒素は2回施注(OT開始79日目,182日目).1回目は少量(25U),2回目は増量(37.5U)して投与した.いずれの施注時も2週間のtDCS集中治療を実施した.他には練習上の注意点や課題設定の指導,感覚トリック(手袋や玩具の指輪装着),理学療法での姿勢評価やストレッチ指導も行った.
【結果】治療効果の判定として,演奏での症状の出現度合を可視化するため,演奏を電子信号化できる計測ソフト(Musical Instruments Digital Interface,MIDI)を連結した電子ピアノを用い,鍵盤の打鍵・離鍵時間のばらつき値の変動を解析した.他には動画での比較や本人の発言・主観も参考にした.MIDIでは,白鍵と黒鍵の移動を伴う音階やアルペジオ奏法でのばらつき値をtDCS集中治療や注射前後で比較すると,治療後は離鍵時間のばらつきが減少し,数週間~数か月で再度増加する傾向が多くみられた.ボツリヌス注射1回目は効果がなく,2回目の施注後「弾きやすくなった」「力を抜く感覚がつかめた」と効果を感じる発言があったが,施注5か月後には本人主観で再度症状の度合が増した.日常の練習は休憩のタイミングや運動再学習を意識した課題設定などを指導し,適切な自己管理が習得できた.現在も治療継続中であるが,本人は「良いときと悪いときはあるが,通院を始める前に比べればだいぶ良くなった」「無理をしないよう気をつけるようになった」と満足度は高く,講師や人前演奏が可能な状態を維持できている.
【考察】tDCSやボツリヌス注射はFDの有効な治療方法として知られている.ボツリヌス毒素で患指の異常収縮を一時的に寛解させ,スプリントで屈曲制動することが,tDCSでの正常な運動パターンの再学習に寄与したと推測する.患者教育はPT・OT双方が関わることで身体と演奏動作の両面での自己管理が可能となった.医師・PT・OT各々の専門性を活かした関わりの結果,悪化予防や演奏業継続が可能となったと思われる.