第57回日本作業療法学会

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一般演題

脳血管疾患等

[OA-4] 一般演題:脳血管疾患等 4

Fri. Nov 10, 2023 2:30 PM - 3:30 PM 第2会場 (会議場A1)

[OA-4-5] Mixed Realityデバイスを用いて左半側空間無視の病識と代償行動の獲得に至った症例

鈴木 亮祐1, 大熊 諒1, 髙橋 仁1, 渡邉 修2, 安保 雅博2 (1.東京慈恵会医科大学附属第三病院リハビリテーション科, 2.東京慈恵会医科大学リハビリテーション医学講座)

【はじめに】 今回,右側頭葉出血にて左半側空間無視(USN)を呈した症例を経験した.本症例はUSNへの自己認識および代償行動が不十分であったが,Mixed Reality (MR)デバイスを用いた介入が有効であったため報告する.本報告は倫理的配慮を十分に考慮し,患者へ説明の上書面で同意を得ている.なお,MRデバイス提供元の株式会社テクリコとのCOI関係はない.
【事例紹介】 50歳代男性で,診断名は右側頭葉出血である.Y月Z日,悪心・ふらつきを主訴に当院入院.Y月Z+9日より理学・作業療法が開始され,Y月Z+32日に自宅退院となった.初期評価(Y月Z+9日)では,身体障害はなく基本動作は自立していた.認知機能はMMSEとFABは満点だが,TMT-J partA 136秒,partB 125秒と異常判定であり,複数の指示に対して対応困難だった.BITは126/141とカットオフを下回り,USNを認めた.観察場面でも歩行時に左側の柱にぶつかる様子を認めた.Catherine Bergego Scale(CBS)は主観0,客観9と乖離があった.ADLはセルフケア項目が修正自立,移動項目では軽介助を要した.
【治療方針】 介入当初はUSNにおける病識低下とそれに対する代償行動の不十分さに対して,机上注意課題,物品探索,ADL練習などを実施した.しかし,その後も廊下など刺激の多い空間での障害物への接触は持続し,病棟外への移動には監視を要した.また本人の発言からは「左側が見えていない自覚がない」と,病識の乏しさを認めた.そこで,Y月Z+19日より広い空間での配分性注意機能の改善とUSNの病識獲得を目的として,MRデバイスを用いた介入を新たに開始した.
【MRデバイス・ソフトウェアについて】 ゴーグル型MRデバイスでリハまる(株式会社テクリコ)を用いた.このデバイスは頭部に装着した半透明ディスプレイを通して見える現実視界の上に,CGオブジェクトが投影されるものである.実際のADL遂行環境が視認できた状態で課題が可能かつ視線計測や動画録画も可能なため,左側空間で見落としが発生する場面やその際の視線移動の様子を患者と共有できるという特徴がある.
【介入経過】 MRデバイスではTMT様課題を実施した.開始時は探索数1~10,探索視野範囲90°から開始した.当初の視線計測では左下空間の探索漏れが認められ,探索時間も左側が延長していた.結果を本人と共有し,ADL場面でも左側足元に注意して行動する事を指導した.本人からは「動画で見ると自分が左側で見落としていることがわかる」との発言があり,徐々にUSNに対する気付きが得られた.最終的には探索数1~30,探索範囲は360°でも実施できた.
【結果】最終評価では,TMT-J partA 90秒,partB 75秒と改善を認め,CBSは主観0,客観4と乖離が減少した.ADLはセルフケア自立,院内移動も自立となり,左側空間に積極的に目線を向け,曲がり角はゆっくり動作するようになった.MR課題の視線計測でも,左空間の探索漏れはなくなり,左右両空間の探索時間も均等となっていた.
【考察】 本症例は限られた空間内でのUSNは顕著ではなかったが,廊下などの広い空間でのUSNがADL上問題であった.橋本ら(2020)は,MRを用いた介入は干渉刺激となる現実視界を抑制しながらターゲット探索をする同時処理課題の効果があると報告しており,本症例も刺激の多い広い空間内での選択的注意の改善が院内移動の自立に繋がったと考える.またMR課題による動画や視線計測を用いた振り返りは,左側空間での見落としがある事や反応が遅いなどの自覚を促すことができた.紙面評価と合わせてMRデバイスを用いた振り返りを行う事は,対象者のUSNの主観的状態と客観的状態を包括的に捉える一助となる.