第57回日本作業療法学会

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一般演題

神経難病

[OE-1] 一般演題:神経難病 1

Fri. Nov 10, 2023 3:40 PM - 4:50 PM 第5会場 (会議場B2)

[OE-1-4] プリズム眼鏡を使用して食事動作が改善した進行性核上性麻痺の一例

吉田 沙恵, 今田 吉彦, 坂本 佳 (熊本機能病院総合リハビリテーション部)

【目的】今回,進行性核上性麻痺(以下PSP)の疑いにより,垂直性の眼球運動障害を呈し,下方視障害がある症例を担当した.症例は日常生活全般に介助を必要としたが,プリズム眼鏡を使用し上肢操作を練習することで,食事の介助量軽減が図れたため報告する.尚,本症例は本人より同意を得ている.
【症例紹介】90歳代男性.COVID-19罹患後の廃用症候群にて第36病日にリハ目的で当院に転院した.既往にパーキンソン症候群とPSPの疑いがあった.
【作業療法評価】転院時のPSP機能尺度日本語版は75/100点であった.JCSはⅡ-20,垂直性の眼球運動障害があり,開眼時は常時左眼球が上方約20°,右眼球は正中位で固定されていて左右への運動もわずかであった.四肢の麻痺はなく,頸部と体幹に筋固縮があった.症例は「見えなくて,何もできない」と常に訴えており,運動FIMは18点で食事は2点,認知FIMは6点であった.食事は机上が見えないため,手を皿に伸ばすことが困難であった.また,皿の形状に合わせてスプーンで食物をすくうことが困難であった.食事は介助を要し,摂取には約1時間かかったが,食事に対し意欲があった.
【問題点及び目標】症例は下方視障害により机上の食事が認識できず,手を皿に伸ばしすくうことが困難であった.しかし食事への意欲はあるため,眼球運動の代償を目的とした環境調整と,スプーンの操作練習を行うことで食事が自立できると考えた.
【経過】鏡で視野を補った時期(第36病日~第63病日)
介入初期は,机上の食事が見えるように症例の眼球の方向である20°上方の位置に鏡を設置した.鏡を見ながらスプーン操作を練習したが,手を皿に伸ばすことができず,セラピストによる誘導が必要であった.また食物をすくう際は,回外の動きが不十分で食物をかき集めて十分にすくうことができなかった.食事摂取の時間は1時間と変化はなく,誘導や食物をかき集める介助を必要としたため,自力摂取には至らなかった.
プリズム眼鏡で視野を補った時期(第64病日~第71病日)
鏡像は実際の皿の位置と上下が反転しかつ平面のため,皿の位置や,皿とスプーンとの距離を認識しづらい,また机上しか映らないため,自分の手の位置を認識しづらいのではないかと考えた.そこで第64病日より,下方が見えるプリズム眼鏡を使用して食事練習を実施した.症例からは,プリズム眼鏡を装着した際の違和感や気分不良の訴えは聞かれなかった.プリズム眼鏡に机上の食事が映ると,セラピストが誘導しなくとも,手を皿に伸ばすことができた.また,自発的に手を他の皿へ伸ばすようになった.スプーンで食物をすくうときは皿の形状に合わせた回外の動きがみられ,食物をかき集めスプーンの容量に合った一口量がすくえるようになった.
【結果】食事は,プリズム眼鏡を使用し見守りのもと自力摂取が可能となった.食事のFIMは5点に改善し,摂取に要する時間は20分と短縮した.症例からは,「食事が見える.おいしい」との発言が聞かれた.
【考察】物体に手を伸ばしつかむという到達把持運動は,最初に視覚という感覚入力を必要とする.鏡で視野を補ったが,鏡は下方の一部しか映らず,上下が反転してしまい円滑なスプーン操作は難しかった.福井らは,把持対象の形状や位置といった外的環境の認知と,自分の手の位置などの内的状態の把握が視覚を通して行われ,その相互作用によって到達把持運動が円滑に展開されると述べている.プリズム眼鏡は,下方がそのまま見えるため外的環境と内的状態が認識しやすく,症例の円滑なスプーン操作につながったと考える.