第57回日本作業療法学会

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一般演題

発達障害

[OI-4] 一般演題:発達障害 4

Sat. Nov 11, 2023 2:50 PM - 4:00 PM 第4会場 (会議場B5-7)

[OI-4-5] ライフコース理論から観た中高齢期知的障害者をもつ母親の家族と周囲の関係

平本 憲二1, 上島 健2, 馬屋原 邦博3 (1.京都橘大学作業療法学科, 2.大阪河﨑リハビリテーション大学作業療法学専攻, 3.大阪河﨑リハビリテーション大学言語聴覚学専攻)

【目的】これまでの知的障害を有する子をもつ母親(以下,母親)の研究では,親の養育,家族間の連帯感,保護者としての役割,就労や貧困などに関わる問題が生じることが報告されている(竜野・山中,2016).また,行政(Pruchno, & Patrick, 1999),介護(Freedman, Griffiths, Krauss, & Seltzer, 1999)や,医学的介入(Hassall, Rose, & McDonald, 2005),その他さまざまな社会福祉サービス(辻・別府,2019;Dürr, & Greeff, 2020)による,母親の障害児を抱え込むことによる心身および社会的負担の軽減に関する報告はある.だが,母親の家族と周囲の関係はほとんど明らかにされていない.本研究の目的は,高齢化する知的障害者をもつ母親の家族と周囲の関係を,ライフコース理論の観点から明らかにすることである. ライフコースとは,個人が時間の経過の中で演じる社会的に定義された出来事や役割の配列(sequence)を意味する(Giele & Elder,1998/2003).
【対象】精神科病院に入院している中高齢期の知的障害者(以下,本人)11名の母親(平均79.4歳)を対象に,ライフストーリーを半構造化面接によって尋ねた.面接は,障害のある子の誕生前後の家族,社会との関わり,本人の母親であったことでの人生の選択と今後の人生に関することを質問した.調査期間は2018年7月から2022年3月である.面接の回数は1人3回で,1回のインタビューは40分から1時間を要した.面接で得られた音声データを逐語化し,その後KJ法(川喜田,1967)に準ずる分析を行った.延べ1680個,1人平均150個ほどのコードを付し,生成された最終の8個のカテゴリーから, 3つの大カテゴリーが生成され,それらの内容及び,その間の結び付きを検討した(筆者所属大学の研究倫理審査委員会承認と母親からの承諾済).
【結果】(1)家族や周囲と関わりたい:母親は,結婚後,子育て,家事,職業それぞれを自らで選択していた.母親は,夫に本人のことを相談することに心理的に揺らぎ,きょうだいに対しては,本人による進学,就職や結婚への影響に対する自責の念を有していた.だが,自身の病気や高齢に伴う認知の衰えにより,家族に援助を求めざるを得なかった.母親は,本人に対して,常に家族や周囲を必要としているが,本人に障害がなければ,社会的経験を増やすことができ,良好な人生を歩めていたと捉えていた.(2)自らの存在意義をもつ:母親は,本人と家族に対する関わりをもつ,支援機関や人々との関係に揺らぎながら,人々との間でもたらされる嫉妬や,子育てにおける苦労は,自身だけでなく,誰にも起こり得ることを経験していた.母親は,自身と本人が信仰によって救われ,家族への世話を全うするという家族的役割と,社会の中で自らに求められる仕事といった社会的役割を追求していた.母親は,自身の親の生き方を同一視し,趣味から自身の目標を見出し,人々との間で平等的見方を有して,本人と関わることの覚悟を有していた. (3)周囲に自らの経験や知識を継承したい:母親は,自らと類似する経験をした人々との間で,悲しみを癒し,孤独を和らげ,解決法を異なる世代の人々へ継承していた.
【考察】3つの大カテゴリーを,ライフコース理論に当てはめ検討した.母親は,本人と家族にとっての相談者の獲得に努め,家族と周囲の並行的な関係を構築する必要があったと考えられる.母親は,自らの意思を表明できるように子育てを行い,障害の有無に関わらず,生命の尊厳を守り続ける行動に努め,障害のある子の母親として存在するだけで価値があるという家族的価値を獲得していたと考えられる.また,母親は,障害者をもつ家族の経験を,同様の立場にある家族や社会的に弱められる人々に継承できるという社会的価値を得ていたと考えられる.