第57回日本作業療法学会

講演情報

一般演題

高齢期

[OJ-4] 一般演題:高齢期 4

2023年11月12日(日) 08:30 〜 09:30 第6会場 (会議場A2)

[OJ-4-2] 認知症に伴うBPSD症状に対する没入型VR回想法の効果の検証

今西 優美1,2, 金子 翔拓3 (1.医療法人喬成会花川病院リハビリテーション部, 2.北海道文教大学大学院リハビリテーション科学研究科リハビリテーション科学専攻, 3.北海道文教大学大学院リハビリテーション科学研究科)

【はじめに】認知症は世界で増加傾向であり,社会的経済的コストが問題となっている.認知症に伴う行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia; BPSD)は認知症者の転倒リスクや介護者の負担を増加させるといわれている.BPSDに対する非薬物療法のエビデンスは低いが,必要性は理解されており,エビデンスの蓄積は急務の課題である.近年,Virtual Reality(VR)技術を用いた医学への応用が注目されている.その中でも,認知症者にVRを使用し認知機能の改善に与える効果が示唆されているが,BPSDに対する効果の検討は渉猟した限りでは少ない.
【目的】本研究は,認知症者に対してVRを用いた回想法(没入型VR回想法)を実施し,BPSD症状に与える影響を明らかにする.
【方法】対象は,80代後半の女性で,前頭葉および側頭葉に軽度の脳萎縮を認め,特に不安や無関心などといったBPSD症状を呈した左変形性膝関節症の術後患者1名である.臨床的認知症尺度CDRは1で軽度認知症の状態であった.本研究はAB型のシングルケースデザインを用い,それぞれの期間を約3週間ずつ設定した.ベースラインであるA期は通常の作業療法と理学療法を実施し,介入期であるB期はそれに加えて没入型VR回想法を週2回(計6回)実施した.評価項目は研究期間の前後に各1回ずつ認知症スクリーニング検査Mini-Mental State Examination(MMSE),改訂版長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)を評価した.また,各期9回ずつBPSD評価尺度NPI-Brief Questionnaire Form(NPI-Q),Dementia Behavior Disturbance Scale(DBD28)を評価した.毎回のVR視聴後に没入感や満足感などを確認するためのアンケート調査を行った.各BPSD評価尺度をベースラインのトレンドを考慮したTau-Uを用いて効果量を算出した.なお,本研究は演者所属大学院の倫理審査委員会の承認(承認番号03011)および,UMIN-CTRによる臨床試験登録(UMIN000047575)を実施し,対象者および家族に口頭で説明し書面にて同意を得ている.
【結果】介入中はバイタルサインの変動や映像酔いによる眩暈や吐き気などの副反応を呈することはなかった.VR視聴アンケートは,すべての項目においてポジティブな結果が得られた.各BPSD評価尺度のTau-Uの結果は,NPI-Q重症度:0.73,NPI-Q:負担度0.72,DBD28:0.72で効果量はすべて,大きな変化あるいは効果的であるという結果であった.各BPSD評価尺度は,B期を境に症状が軽減かつ安定していくように推移した.認知機能検査はMMSEが初回16点から最終17点,HDS-Rは初回18点から21点となった.
【考察】本研究は,対象者にとって安心かつ安全に実施可能であった.本症例は,多要因なストレスによってBPSD症状が引き起こされ,前頭前野や扁桃体へ悪影響を与えていた可能性が考えられた.本研究の結果から,没入型VR回想法がBPSD症状の改善に効果があることが示唆された.これは,没入型VR回想法が,過去を回想することで扁桃体および海馬に刺激を与え,なおかつVRによって前頭前野の脳血流量が増加し,それらにより効果的に扁桃体および海馬が賦活されたことによる影響である可能性が考えられる.また,従来の回想法は集団で用いることが多いが,本研究は個別性に着目し活用した.対象者個人にしかない特有の思い出に焦点をあて,過去に寄り添った風景をVRを用いて視聴するという方法が,従来の回想法や他の非薬物療法と同様にBPSD症状の改善に効果を示す可能性が考えられる.さらに,3次元空間の思い出に残る風景を体感してもらうことで,空間記憶および認識が刺激され,海馬にある場所細胞を賦活できたのではないかと考えられる.