[OK-2-3] 障害の開示・非開示が一般就労に与える影響
【はじめに】
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の調査研究(2017年)によると,精神障害のある当事者の場合,長期的な職場定着を促進する要因の一つとして障害を開示する事が示されている.一方で,障害を開示せずに就労する割合も多く,その要因についての報告も散見されるが,高次脳機能障害に関しての報告は少ない.今回,障害を開示することなく民間企業に就職した高次脳機能障害のある当事者の作業療法を経験した.当事例がなぜ障害の非開示を選択したのか,その要因について質的研究を用いて考察したので報告する.尚,事例本人には十分な説明を行った上で,当学会報告への承諾を得ている.
【対象】
交通事故により頭部外傷と診断を受けた30歳代の男性.13年間にわたり医療・福祉サービスを受けてきたが,就労が上手く進まなかったと相談があり,当院の外来作業療法を開始した.主訴は「他者の考えている事と,自分の考えている事が異なり,何が正しいのか分からない」であった.右上下肢の感覚障害と,稀に右前腕から手指の硬直を認めるが歩行や身辺処理は自立していた.神経心理学的検査ではウェクスラー式知能検査第4版(WAIS-Ⅳ)はFIQ79,リバーミード行動記憶検査は20点,遂行機能障害症候群の行動評価日本版 (BADS)は16点で軽度の記憶障害と遂行機能障害を認めた.事例は13年間で一度だけ障害者雇用枠での一般就労に至り,約5カ月で退職していた.
【方法】
週1回,40分の作業療法中,必要に応じて就労についての面接を実施した.面接は常に非構造化面接とし,面接中は筆者と事例の両方の語りをA4用紙に記載して,その日の内にExcelに記録,保存した.対象期間は作業療法開始から1年間とした.保存したデータをSteps for Coding and Theorization(以下SCAT)を用いて分析した.
【結果】
就労に関する面接内容は1年間で16回,セグメント化されたテクストは137個であった.SCATに基づき概念を作成した結果,<記憶とコミュニケーションの問題><信用出来ない他者><障害を理由にした理不尽な扱い><そのままの自分を肯定する他者><新たな挑戦による達成感><障害という先入観><仕事上の意思決定>という7つの概念が抽出された.作成したストーリーラインは「事例は記憶とコミュニケーションの問題を自覚しているが,それを他者に伝える事には抵抗を感じている.障害を開示して臨んだ就労の結果,障害を理由とした理不尽な扱いを受けて自己否定を繰り返すことになった.しかし,そのままの自分を肯定する人と出会い,障害を開示しないで働くという新たな挑戦を始めた.その結果,記憶や対話上の問題を一方的に指摘される事が無くなり,障害という先入観を持つ他者から解放された.事例が求めていた事は,仕事上で意思決定ができるという当たり前の働き方であり,自分の事は自分で決めたいという純粋な想いであった」となった.
【考察】
当院での作業療法が開始される前に,事例は障害を開示して働いていた.事例を受け入れた企業側の理解度や対応については今回の調査では分らないが,事例は障害がある事を理由にされて,自分が希望する仕事をさせて貰えなかったと感じていた.この経験が引き金となって,非開示での就労を選択したと考えられる.その結果,他者から障害を理由に非難される事が無くなり,事例が求めていた働き方に近づいたと思われる.
障害者総合支援法が制定され,就労支援サービスを受けるには障害の開示が必要で有り,それが一般就労でも当然になっていた可能性がある.障害の開示・非開示が就労に与える影響は,その当事者の過去の経験やどのように働きたいかという想いに大きく左右されるという事が示された.
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の調査研究(2017年)によると,精神障害のある当事者の場合,長期的な職場定着を促進する要因の一つとして障害を開示する事が示されている.一方で,障害を開示せずに就労する割合も多く,その要因についての報告も散見されるが,高次脳機能障害に関しての報告は少ない.今回,障害を開示することなく民間企業に就職した高次脳機能障害のある当事者の作業療法を経験した.当事例がなぜ障害の非開示を選択したのか,その要因について質的研究を用いて考察したので報告する.尚,事例本人には十分な説明を行った上で,当学会報告への承諾を得ている.
【対象】
交通事故により頭部外傷と診断を受けた30歳代の男性.13年間にわたり医療・福祉サービスを受けてきたが,就労が上手く進まなかったと相談があり,当院の外来作業療法を開始した.主訴は「他者の考えている事と,自分の考えている事が異なり,何が正しいのか分からない」であった.右上下肢の感覚障害と,稀に右前腕から手指の硬直を認めるが歩行や身辺処理は自立していた.神経心理学的検査ではウェクスラー式知能検査第4版(WAIS-Ⅳ)はFIQ79,リバーミード行動記憶検査は20点,遂行機能障害症候群の行動評価日本版 (BADS)は16点で軽度の記憶障害と遂行機能障害を認めた.事例は13年間で一度だけ障害者雇用枠での一般就労に至り,約5カ月で退職していた.
【方法】
週1回,40分の作業療法中,必要に応じて就労についての面接を実施した.面接は常に非構造化面接とし,面接中は筆者と事例の両方の語りをA4用紙に記載して,その日の内にExcelに記録,保存した.対象期間は作業療法開始から1年間とした.保存したデータをSteps for Coding and Theorization(以下SCAT)を用いて分析した.
【結果】
就労に関する面接内容は1年間で16回,セグメント化されたテクストは137個であった.SCATに基づき概念を作成した結果,<記憶とコミュニケーションの問題><信用出来ない他者><障害を理由にした理不尽な扱い><そのままの自分を肯定する他者><新たな挑戦による達成感><障害という先入観><仕事上の意思決定>という7つの概念が抽出された.作成したストーリーラインは「事例は記憶とコミュニケーションの問題を自覚しているが,それを他者に伝える事には抵抗を感じている.障害を開示して臨んだ就労の結果,障害を理由とした理不尽な扱いを受けて自己否定を繰り返すことになった.しかし,そのままの自分を肯定する人と出会い,障害を開示しないで働くという新たな挑戦を始めた.その結果,記憶や対話上の問題を一方的に指摘される事が無くなり,障害という先入観を持つ他者から解放された.事例が求めていた事は,仕事上で意思決定ができるという当たり前の働き方であり,自分の事は自分で決めたいという純粋な想いであった」となった.
【考察】
当院での作業療法が開始される前に,事例は障害を開示して働いていた.事例を受け入れた企業側の理解度や対応については今回の調査では分らないが,事例は障害がある事を理由にされて,自分が希望する仕事をさせて貰えなかったと感じていた.この経験が引き金となって,非開示での就労を選択したと考えられる.その結果,他者から障害を理由に非難される事が無くなり,事例が求めていた働き方に近づいたと思われる.
障害者総合支援法が制定され,就労支援サービスを受けるには障害の開示が必要で有り,それが一般就労でも当然になっていた可能性がある.障害の開示・非開示が就労に与える影響は,その当事者の過去の経験やどのように働きたいかという想いに大きく左右されるという事が示された.