第57回日本作業療法学会

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一般演題

援助機器/理論

[OL-1] 一般演題:援助機器 4/理論 1

Sat. Nov 11, 2023 2:50 PM - 4:00 PM 第7会場 (会議場B3-4)

[OL-1-5] 対象を「作業的存在」として捉えた介入により急性期からQOL向上に繋がる目標を見つけた脳腫瘍患者の一事例

辻野 千尋1, 濱田 学1, 武本 暁生1, 佐伯 覚2 (1.産業医科大学病院リハビリテーション部, 2.産業医科大学リハビリテーション医学講座)

【はじめに】膠芽腫の5年生存率は15.5%と予後不良とされている一方,復職についての研究も報告されている(Danieleら,2018).そのため,急性期より症状進行の可能性を念頭に置きつつ,進行に合わせてQOLを維持する作業療法実践は重要である.作業療法の基礎学問である作業科学では,「作業的存在」とは何かを行うことで(doing),何者かになり(being),何者かになっていき(becoming),どこかに所属すること(belonging)だとされている(Wilcockら,2006).今回,対象患者を急性期より「作業的存在」と捉えて関わることが有効であった事例を経験したため,経過並びに考察を加えて報告する.なお,発表に際して症例の了承を得ている.
【症例】50代女性.3人の娘の母親で夫・娘1人と同居中.家事役割あり,仕事は養護教諭(看護師資格あり).X年Y月上旬強い頭痛を自覚し他院受診.精査加療のためY月Z日入院.翌日よりリハビリテーション(以下リハ)介入開始.Z+3日ICあり,病名告知済み.Z+4日右側頭葉腫瘍に対し摘出手術施行.Z+7日術後リハ再開.意識清明,上下肢ともに麻痺なく,ADL自立.高次脳機能評価はMMSE30点,FAB18点.
【介入と経過】作業への無関心期(リハ開始~Z+7日):高次脳機能評価は拒否ないが,終始表情硬い.また,「術後に仕事の申し送りができるか不安」と焦燥感を認めた.訓練終了後はすぐに病棟へ戻り,他者との交流を避けるような印象を受けたため,作業に関する詳細な情報収集を控えた.作業療法(以下OT)では個人的な会話を要さない運動療法から開始したが,数回で拒否があった.
作業への興味期(Z+8日~Z+29日):術後,初回に語った仕事の申し送りについて尋ねると「できました,見てください」と,初めて療法士に対し表情穏やかに語った.運動療法に対して「自転車漕ぎは何のために?ってなる」と必要性を感じていない様子であったため,リハ科医師との相談後,理学療法は終了となった.COVID-19流行の影響で病室内での訓練が強いられた時期は,ADLが自立しているため看護師の訪室も少なく,「誰も来んけね,痛いとか大げさに言おうかな」と精神的孤立の状況にある旨を療法士に語った.
作業との結びつき期(Z+30日~現在):「お弁当は帰って作るかな」など,徐々に重要な作業について聴取が可能となった.包丁で野菜の下ごしらえをする作業を提案すると,家族や仕事の話を饒舌に語り,切った野菜の調理方法を療法士に提案する・家族や友人に見せたいと写真に撮る・普段はしない飾り切りに挑戦したいと提案するなど意欲的に取り組む姿がみられた.作業後,「体を起こしている時間を延ばす」「病院の中でも何か楽しいことを見つける」「作業を通して自分自身の新たな症状を発見する」の3つが目標と症例自ら語った.
【考察】作業への無関心期は疾病の受容過程で不安が強く,現実を受け入れにくい状況にあった.症例の受け入れや会話から,OTでは機能維持のための運動をする「患者」としてではなく,「職業人」や「母親」として存在することができる作業を模索した.今回症例は調理(doing)という作業により,母親(being)であり,撮った写真を通じて家族の一員である(belonging)という感覚が得られ,今後の体調の変化への心構え(becoming)を語った.このような経験は脳腫瘍など症状進行の可能性がある患者に対し,ADLが自立している急性期より患者一人ひとりを「作業的存在」であると捉えて関わることの重要性を明らかにした.また,そのような考えをもつOTが医療チームにいることは患者のQOL向上に貢献できると考える.