第57回日本作業療法学会

講演情報

一般演題

基礎研究

[OP-2] 一般演題:基礎研究 2

2023年11月11日(土) 12:30 〜 13:30 第4会場 (会議場B5-7)

[OP-2-2] 没入型仮想現実によるミラーセラピーの妥当性について

岡村 諒平1, 森内 剛史3, 張 宗相1, 藤村 誠2, 東 登志夫3 (1.長崎大学大学院医歯薬学総合研究科, 2.長崎大学大学院工学研究科, 3.長崎大学生命医科学域(保健学系))

【緒言】
 脳卒中後の麻痺側上肢機能に対する効果的なリハビリテーションの1つにミラーセラピー(MT)がある.MTは,運動錯覚感の誘起に伴う一次運動野(M1)の可塑的な変化が介入効果を示す根拠の1つとして考えられている(Arya et al., 2016).しかしながら,MTは鏡を用いるため動作の範囲が狭く,課題の種類が限られるなどの物理的な制限を有している.一方,没入型仮想現実(VR)は,ヘッドマウントディスプレイに表現されたバーチャルハンドに対し,身体所有感と行為主体感を誘起できる(Kilteni et al., 2012,Kong et al., 2017).したがって,鏡を必要とせずに運動錯覚感の誘起が期待できると考えられる.そこで我々はMTの概念を没入型VRに応用したVRMTシステムを開発した.本研究の目的は,VRMTが鏡を使用する従来型のMT(CMT)と同様に皮質脊髄路の興奮性を増大させ,運動錯覚感を誘起させるかどうかを比較検討することとした.尚,本研究は所属している大学院倫理委員会の承認を得て実施した.
【対象と方法】
 対象は右利きの健常成人14名とした.全対象者に対して倫理面に関する十分な説明を行った上で,同意書に著名を得た.本研究は実験条件をVRMT条件とCMT条件としたクロスオーバーデザインを採用した.各条件にMirror Mode,Non-Mirror Modeを設けた.課題は左母指内外転反復運動(1Hz)とした.皮質脊髄路の興奮性の指標として経頭蓋磁気刺激(TMS)により導出される運動誘発電位(MEP)を用いた.MEPは,被験筋を右短母指外転筋(APB)とし,課題の外転相で左M1上にTMSを与えることで導出した.Mirror Modeにおける身体所有感,行為主体感,運動錯覚感を評価するためにVisual Analog Scale(VAS)を用いた.最初に安静時MEPを20個導出した後に課題の練習を1分間実施した.その後の課題では20個×2Mode計40個のMEPを導出した.全課題終了後に心理的指標の評価を実施した.神経生理学的指標は,MEP振幅(peak to peak)を測定し,各課題中のMEP振幅の値を安静時のMEP振幅の平均値を基準に相対値化したデータ(MEP 振幅 (% of rest))を算出した.独立変数を条件,Mode,従属変数をMEP 振幅 (% of rest)とした反復測定二元配置分散分析を行った.心理的指標は,Wilcoxon の符号付き順位検定を用いてVASの値を条件間で比較検討した.すべての有意水準は5%未満とした.
【結果】
 Modeの主効果に有意差が認められた(p <.001).条件とModeの交互作用,条件の主効果に有意差は認められなかった(条件×Mode, p = 0.790 ; 条件, p = 0.732).MEP振幅は,条件にかかわらずNon-Mirror Modeと比較してMirror Modeにおいて増大した.運動錯覚感は条件間に有意差は認められなかった(p = 0.615).身体所有感は,CMT条件が有意に高値を示した(p = 0.045).行為主体感は,VRMT条件が有意に高値を示した(p = 0.028).
【考察】
 本研究によりVRMTはCMTと同程度にCEを増大させ,運動錯覚感を誘起させることが明らかとなった.したがって,VRMTは脳卒中患者の麻痺側上肢機能に対する新たなリハビリテーションとなることが示唆された.ただし,身体所有感と行為主体感の誘起は条件間に異なる傾向が見られた.VRMTは没入感・臨場感のあるVRと現実とのインタラクションによって行為主体感の誘起を強化した一方,バーチャルハンドの外見が現実の手の肌感や肉感に乏しかったため身体所有感の誘起が弱かったことが推察された.