第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

脳血管疾患等

[PA-2] ポスター:脳血管疾患等 2

2023年11月10日(金) 12:00 〜 13:00 ポスター会場 (展示棟)

[PA-2-3] 脳卒中後アパシーと上肢麻痺に対しGraded Repetitive Arm Supplementary Program (GRASP)によって行動変容を促進した一例

赤沼 昇也1, 大瀧 亮二1,2, 笹原 寛1, 齋藤 佑規3, 竹村 直3 (1.済生会 山形済生病院リハビリテーション部, 2.東北大学大学院 医学系研究科 機能医科学講座 肢体不自由学分野, 3.済生会 山形済生病院脳神経外科)

【はじめに】アパシーとは目的指向性の行動, 認知, 情動の減退であり, 感情や関心が欠如した状態である(Marin, 1991). 意欲や発動性の低下などの社会的行動障害に対して,認知行動療法が推奨されている.行動療法を含む脳卒中後の上肢練習プログラムの一つにGraded Repetitive Arm Supplementary Program (GRASP)があり,上肢機能と使用頻度の向上が報告されている(Harris, 2009).近年では日本語版GRASPが作成され,当院でも実践している(Otaki, 2022).GRASPは自己管理型プログラムであることから,課題指向型練習を実施するために重度麻痺例に対しては電気刺激の併用が推奨されている.今回,脳卒中後のアパシーによる意欲低下と上肢近位部の麻痺が重度であった症例に対し,GRASPによる目標設定やモニタリングと肩への随意運動介助型電気刺激装置(IVES)によって,上肢機能向上とともに生活内での麻痺手使用の増加といった行動変容に繋がったため報告する.
【症例】右視床から被殻までの広範な脳出血により,意欲低下と上肢麻痺を呈した60代の男性である. 前医で血種除去術後, 当院に転院した. 発症85病日で歩行自立となるが,終始ぼんやりしており排泄時に尿意はあるものの「起きたくない」と失禁が多く,杖歩行の促しにも消極的であった.身辺動作全般に声がけや一部介助を要し,「億劫で何もしたくない」と活動性が乏しかった.MMSEは30点であったものの,認知行動アセスメント(CBA)において感情の項目が3点と中等度の障害を認めた.またFMA 34点と中等度運動麻痺を認め,MAL AOU,QOMともに1.11点と麻痺手の参加が乏しかった.発表に際し,症例より同意を得た.
【方法】ABシングルケースデザインにてA期は通常OT, B期はGRASPとIVESを各4週実施した. GRASPは練習時間外の1日60分の課題指向型練習と,実現可能な生活動作の提案や麻痺手の使用状況などのモニタリングを実施した.練習内容は少し難しいと感じる程度に調整しながら成功体験の積み重ねにより,自己効力感を向上できるように工夫した.電気刺激は電極を棘上筋と三角筋に貼付し, 一日8時間, IVES (MURO Solution;パシフィックサプライ社製)を実施した.
【結果】初期,A期後,B期後の順に示す.FMA:34,37,50点,ARAT:23,32,44点とA期に比べB期で高い上肢機能の改善を示した,MAL AOU:1.11,1.77,3.20点,QOM:1.11,1.66,3.15点と生活内の麻痺手の使用頻度や,動作の質についても改善を認めた.FIM:71,82,111点となりB期後に自立した.CBA:3,3,5点となり感情の項目は中等度障害から良好となった.初期では介助者に依存的であったが,目標設定とモニタリングを通した活動量の増加に伴い,トイレでの排泄や自ら着替えを行い自室から出て自主練習する様子がみられた.また「自宅の整理をしたい」と希望し,外出練習も実施した.
【考察】今回,脳卒中後にアパシーと上肢麻痺を呈した症例に対し,行動変容による日常生活の活動性と自立度の向上を目的にGRASPを導入した.結果,FMAやMALにおいてもB期後にMCIDを超える結果が得られ,能動的にトイレや更衣動作,自主練習の実施が可能となった.アパシーの医学的治療法は確立されていないといわれているが,GRASPにおいて詳細で段階的な目標設定やモニタリング,成功体験の積み重ねにより自己効力感が得られるように工夫したことが行動変容に繋がり,日常生活動作の自立度が向上できたと考える.自発性や意欲低下など活動性が低い症例に対して,行動療法の要素を含む自己管理型のプログラムであるGRASPは有効である可能性が示唆された.