第57回日本作業療法学会

講演情報

ポスター

脳血管疾患等

[PA-5] ポスター:脳血管疾患等 5

2023年11月10日(金) 16:00 〜 17:00 ポスター会場 (展示棟)

[PA-5-13] 肢節運動失行を呈した事例の経験

小松崎 真澄1, 増田 晴己1, 長谷川 聖姫1, 寺門 利継2 (1.小山記念病院リハビリテーション科, 2.小山記念病院脳神経外科)

【はじめに】今回,脳梗塞を発症し,肢節運動失行(Limb-kinetic apraxia:LKA)を呈した事例を担当した.ADLの自立度は高かったが,生活の細部で上肢機能,巧緻性の低下による支障をきたしていた.上肢機能訓練に認知神経リハビリテーションを取り入れた介入により,ADLの向上に繋がったため以下に報告する.報告に際し本人からは同意を得ている.
【事例】50歳代男性.右利き.診断名:脳梗塞(右内頚動脈閉塞).左片麻痺,右偏視,構音障害を呈しているところを家族が発見し当院へ救急搬送.t-PA静注療法,血栓回収療法を行い入院.病巣:右中心前回,中心後回.病前生活:妻,母と3人家族.消防士として20年以上勤続.趣味はマスターズの陸上競技.当院にて入院加療20病日で回復期病院へ転院.
【初期評価(入院1~2病日)】JCS:Ⅰ-1.構音障害はあるが意思疎通可能.BRS:左上肢Ⅴ,手指Ⅴ,下肢Ⅴ.動作時過緊張あり.表在,深部感覚重度鈍麻.MMSE:28/30点.日常物品の使用,粗大な運動や模倣は可能だが,物品操作時の顕著な拙劣さを呈しておりLKAが疑われた.FIM:82/126点.臥位から端坐位までは自立.起立,歩行は見守り.食事は右手で箸を使い自力摂取,食器の固定や運搬など左手での補助は困難.トイレ動作は右手主導で見守り.ジャージのファスナー開閉や,シューズの靴紐結びなどの両手動作は非常に難渋し一部介助.身体背部清拭時に左手でタオルを掴んだまま保持することが難しく一部介助.主訴「仕事に戻れるようにしっかりと治したい」
【介入経過】OTでは上肢機能,手指機能の改善を目標にアクリルコーン移動,お手玉移動,ビー玉つまみなどを実施.LKA,感覚鈍麻や動作時過緊張の影響から,リーチや手のフォーム形成が拙劣で課題遂行に難渋した.自動運動では円滑な課題遂行が難しいことから,認知神経リハビリテーションの訓練器具(タブレットやパネル)を用いて,他動運動で触覚や運動覚情報を入力し認知問題に回答してもらう課題を取り入れた.徐々に動作時の過緊張は減弱し,把持機能は十分な回復を得られなかったが,到達機能,接近機能では顕著に改善を認めた.
【最終評価(入院20病日)】JCS:clear.意思疎通良好.BRS:左上肢Ⅵ,手指Ⅵ,下肢Ⅵ.動作時過緊張減弱.表在,深部感覚重度鈍麻.MMSE:30/30点.物品操作の拙劣さ軽減.STEF:右94点,左46点(左手は検査8以降3回以上の掴み損ないにより不能).FIM:119/126点.歩行は独歩自立.軽めのジョギングも可能.食事は右手で箸を使い自力摂取,左手で食器の固定可能,運搬は困難.排泄は自立.ファスナー開閉や,靴紐結びなどの両手動作は円滑ではないが可能.身体背部の清拭は両手でタオルを把持し可能.
【考察】今回の事例は,物品操作など習熟しているはずの運動行為が拙劣化するというLKAの特徴を認めた.LKAは中心溝領域の病巣による体性感覚野の障害で生じるとされており(岩村,1994),事例の病巣とも矛盾がない.複雑な指のコントロールや運動発現には,中心前回と中心後回の密な連携が必要とされている(岩村ら,1992).また,能動的触覚行動の過程では,運動と感覚情報の強い関連が示されている(宮口ら,2000).認知神経リハビリテーションではこの運動と感覚情報の統合に着目したアプローチが展開されており,今回の事例においても有効な介入になったのだと考える.臨床では,運動麻痺,感覚障害,失行などの高次脳機能障害は密に絡み合って多様な現象として出現する.現象のみにとらわれず,脳画像により損傷部位から現象に対する原因を考えて介入する必要性を再認識する経験となった.