第57回日本作業療法学会

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ポスター

脳血管疾患等

[PA-7] ポスター:脳血管疾患等 7

Sat. Nov 11, 2023 10:10 AM - 11:10 AM ポスター会場 (展示棟)

[PA-7-9] 脳卒中後に相貌失認と表情認知障害を呈した方のコミュニケーション支援

大八木 陽女1, 吉澤 卓馬1, 阿瀬 寛幸1, 北原 エリ子1, 藤原 俊之1,2 (1.順天堂大学医学部附属順天堂医院リハビリテーション室, 2.順天堂大学大学院医学研究科リハビリテーション医学)

【はじめに】コミュニケーションを図る際,言葉だけでなく表情や動作で気持ちや意思を表現することがある.日常生活はその90%以上が非言語コミュニケーションで成り立っている(Mehrabian&Ferris,1967). 本症例は脳卒中後に相貌失認と表情認知障害を呈した.相貌失認や表情認知障害においてのリハビリテーションやコミュニケーション方法に関する文献は少ない.今回,入院中に作業療法を実施し,顔・表情認識の指導を行ったことで個人の識別や表情を確認しながらコミュニケーションをとることが可能となった一例を経験したため報告する.本報告に際し,最大限の倫理的配慮を行い,ご本人の承諾を得ている.
【事例紹介】50代男性.X年Y月Z日,仕事中に意識障害を呈し当院に救急搬送された.左後頭葉脳梗塞,右後頭葉から側頭葉にかけての皮質下出血の診断となった.入院前はADL/IADLともに自立しており,仕事はIT関係の管理職で,職場の方とコミュニケーションを図ることが多かった.
【介入経過】発症第2病日から作業療法開始となった.当初,麻痺は認めず,左上1/4盲のみ認めた.安静度は車椅子移乗まで可能となり,Barthel Index 60点であった.第3病日には歩行が可能となり,Barthel Index 100点,その後病棟内は自由に移動することが可能となった.第5病日に「テレビ見ても前と見え方が違う.」「看護師さんと話しても表情がわからない.」との発言を認めた.そこで,顔写真を提示し,写真の人物や表情を問うと,どの写真においても顔の識別と表情を回答することが困難であり,相貌失認と表情認知障害を認めた.
相貌と表情認知に関しては以下の三つの方法で練習と指導を行った.一つ目は,顔をパーツごとに確認し顔や表情を読み取る方法である.眉毛,目,口と順番に特徴を確認し個人を特定し,眉間にしわがよっているか,視線,口角が上がっているかなどで表情が読み取れないか確認することを提案した.二つ目は,声の特徴で個人を特定し,トーンや口調で感情を判断することを提案した.三つ目は,よくコミュニケーションを図る職場の方や友人などは髪型や髪色,全身の特徴を思い出していただき比較することを提案した.この三つを利用することで療法士の特定や表情は,時間は要しながらも代償手段を用いて認識が可能となり,テレビ鑑賞では人物の特定や表情の認識が可能な場面を認めた.「教えてもらったことを仕事でも意識してみる」と前向きな発言を認め,第11病日目に退院,復職に至った.
【考察】本症例は脳出血後に相貌失認と表情認知機能の低下を認め,コミュニケーションに支障をきたす可能性があった.顔認知に最も重要な脳部位は右側の舌状回および紡錘状回である(小山,2014).表情認識は,偏桃体,上側頭溝領域,前頭眼窩野・前頭前野内側面のネットワークが中心的な役割を果たす.(小山,2014).また,右大脳半球損傷による表情認知障害の症例は表情全般に障害が及んでいるのが特徴である(河村,望月,2000). 症例も同部位での脳出血に伴い顔や表情を認識することが困難となっていた.今回は,一つ目に顔を全体で捉えることが難しいことから部分的な把握を行った後に全体の把握を行う,二つ目に,視覚ではなく聴覚にモダリティを変える,三つ目として,顔以外の特徴で把握する,という三つの方法を代償的な手段を用いることで相貌や表情の把握が可能となり,表情を確認しながらコミュニケーションを図ることや余暇活動を楽しむことへ繋げることが可能となった.本症例の相貌や表情の認知において,モダリティの変更や顔の部位を基準とした明示的な視覚探索の提示が有効であったことが示唆された.